名古屋高等裁判所金沢支部 昭和46年(ネ)103号 判決 1972年8月09日
主文
一 第一審被告の本件控訴を棄却する。
二 第一審原告青山源吾、第一審原告兼第一審原告亡高木常太郎承継人高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえ、第一審原告高木良信、同赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎の各控訴、および第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、同清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエ、第一審原告亡江添チヨ承継人江添栄作、同江添久明、同大塚利幸、同広瀬桂子、第一審原告箕田作治、同茗原照子、同小塚澄子、同箕田昭夫、同大窪みつえ、同田村きみ子、同氷見節子、同氷見忠一の各附帯控訴にもとづき、原判決を次のとおり変更する。
1 第一審被告は
(1)第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、同清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエに対し、各金九六〇万円および内金八〇〇万円に対する昭和四三年三月九日以降、内金一六〇万円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員
(2)第一審原告亡江添チヨ承継人江添栄作に対し、金三九九万九、九九九円および内金三三三万三、三三三円に対する昭和四三年三月九日以降、内金六六万六、六六六円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、同江添久明、同大塚利幸、同広瀬桂子に対し、各金二六六万六、六六六円および各内金二二二万二、二二二円に対する同四三年三月九日以降、各内金四四万四、四四四円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、いずれも年五分の割合による金員
(3)第一審原告青山源吾に対し、金一、二〇〇万円および内金一、〇〇〇万円に対する昭和二八年一月三日以降、内金二〇〇万円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員
(4)第一審原告兼第一審原告亡高木常太郎承継人高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえに対し、各金一五〇万円および各内金一二五万円に対する昭和三〇年一〇月一三日以降、各内金二五万円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員
(5)第一審原告高木良信に対し、金九〇〇万円および内金七五〇万円に対する昭和三〇年一二月八日以降、内金一五〇万円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員
(6)第一審原告赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎に対し、各金三〇〇万円および各内金二五〇万円に対する昭和三一年三月九日以降、各内金五〇万円にする同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員
(7)第一審原告箕田作治に対し、金三九九万九、九九九円および内金三三三万三、三三三円に対する昭和四三年二月七日以降、内金六六万六、六六六円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、同茗原照子、同小塚澄子、同箕田昭夫に対し、各金二六六万六、六六六円および各内金二二二万二、二二二円に対する同四三年二月七日以降、各内金四四万四、四四四円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、いずれも年五分の割合による金員
(8)第一審原告大窪みつえ、同田村きみ子に対し、各金三九九万九、九九九円および各内金三三三万三、三三三三円に対する昭和四三年三月九日以降、各内金六六万六、六六六円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、同永見節子、同氷見忠一に対し、各金一九九万九、九九九円および各内金一六六万六、六六六円に対する同四三年三月九日以降、各内金三三万三、三三三円に対する同四七年四月二四日以降、各完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
2 第一審原告高木良信のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審被告の負担とする。
四 この判決は、二の1にかぎり仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の申立
第一、第一審原告ら
1、第一審原告青山源吾、第一審原告亡高木常太郎承継人兼第一審原告高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえ、第一審原告高木良信、同赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎の控読の趣旨(当審における請求の拡張を含む)「原判決のうち右第一審原告ら(右記一四名)敗訴の部分を取消す。
第一審被告は別紙請求目録第一記載の第一審原告らに対し、
(一) 同目録中「合計請求額」欄記載の各金員
(二)(イ) 右(一)の金員のうち同目録中「当審第一次拡張後の請求額」欄記載の各金員につき、同目録中「死亡者」欄記載の死亡日以降完済まで
(ロ) (一)の金員のうち同目録中「当審第二次拡張請求額」欄記載の各金員につき昭和四七年四月二四日以降完済まで
いずれも年五分の割合による金員
を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
2 第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、同清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエ、第一審原告亡江添チヨ承継人江添栄作、同江添久明、同大塚利幸、同広瀬桂子、第一審原告箕田作治、同茗原照子、同小塚澄子、同箕田昭夫、同大窪みつえ、同田村きみ子、同氷見節子、同氷見忠一の附帯控訴の趣旨(当審における請求の拡張を含む)
「原判決のうち右第一審原告ら(右記一九名)に関する部分を次のとおり変更する。
第一審被告は別紙請求目録第二記載の第一審原告らに対し
(一) 同目録中「合計請求額」欄記載の各金員
(二)(イ) 右(一)の金員のうち同目録中「当審第一次拡張後の請求額」欄記載の各金員につき昭和四三年三月九日以降(但し同目録中番号九の第一審原告らについては同四三年二月七日以降)完済まで
(ロ) (一)の金員のうち同目録中「当審第二次拡張請求額」欄記載の各金員につき昭和四七年四月二四日以降完済まで
いずれも年五分の割合による金員
を支払え。
附帯控訴費用は第一審被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
3 第一審被告の控訴の趣旨に対する答弁
「本件控訴を棄却する。
控訴費用は第一審被告の負担とする」との判決を求める。
二、第一審被告
1、第一審被告の控訴の趣旨
「原判決中第一審原告ら敗訴の部分をのぞき、その余を取消す。
第一審原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求める。
2 第一審原告ら(一の1記載の一四名)の控訴の趣旨に対する答弁
「本件控訴(当審における拡張請求を含む)を棄却する。」との判決ならびに敗訴の場合には担保を供して仮執行を免れることができる旨の宣言を求める。
3 第一審原告ら(一の2記載の一九名)の附帯控訴の趣旨に対する答弁
「本件附帯控訴を棄却する。」
との判決ならびに敗訴の場合には担保を供して仮執行を免れることができる旨の宣言を求める。
第二第一審原告ら代理人らの陳述
一、請求原因左記に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
1 第一審原告高木常太郎は昭和四六年三月八日死亡し、その子高木長信、高木信治、高木三治、高木永良、斉藤あや、岡崎ゆきえ、青山俊男、松本みつえが各八分の一の割合で相続により承継した。
2 第一審原告江添チヨは昭和四六年二月六日死亡し、その夫江添栄作が三分の一その子江添久明、大塚利幸、広瀬桂子が各九分の二の割合で相続により承継した。
二、当審において拡張した請求原因
1 第一審における請求は、苦しさに耐えることに慣らされてきた本病被害者が、それまで責任を認めようとしなかつた第一審被告に対し、せめて原因者であることの確定だけでも求めようとして集団的に訴を提起するにあたり、死者金五〇〇万円、患者金四〇〇万円というきわめて控えめな金額を一応の出発点としたものである。しかし、右金額が生命の値段や苦痛に対する慰謝料として全くそれに値しないものであることは当時既に明らかであつた。本件被害者の慰謝料が死者につき金一、〇〇〇万円、患者につき金八〇〇万円を各下らないことは、悲惨な被害の内容そのものだけでも明らかであるが、更に次のような事情を考えると、むしろそれは低きに失するとさえいえるのである。
(一) 加害行為の犯罪性
第一審被告はカドミウムを無害視していなかつたばかりでなく、既に大正年代より生物に損害を与えたことを知りながら、たれ流し続けてきた犯罪的行為によつて本病が発生したのである。その結果については全力をあげて謝罪し、補償してさえも通常の刑事事件においては許されず実刑となる例が多くみられるのであるが、本件のように多数の人間を殺して謝罪もせず補償もしないで放置してきたということは、慰謝料額の算定にあたつては、十分考慮せられるべきである。
(二) 被害者の犠牲による利潤追及
そればかりか、第一審被告は被害者の犠牲により利潤をあげ、その巨大な資本をつくり上げた。通常の人間社会においてはこのような場合、全利潤をはき出して被害者にわびるものである。営業利益半期五〇億円に近いばく大な利潤が本件被害者の生命をけずり、骨をけずり、人間としての幸わせを奪うことによつて生み出されてきたことが明らかであるだけに、第一審原告らの請求額が拡張後といえどもいかにつつましいものであるか歴然としている。
(三) 公平の原則
このことはまた同時に第一審原告らの請求金額が全額認容されても、第一審被告にはなんら苦痛を与えないことを意味している。一方被害者ははかり知れない損害ではあるが、その一部が不満足な形であつても、一応の慰謝がなされるのである。公平の原則からみて全額認容という以外にあり得ない。
(四) 第一審被告の不当な引延し策
第一審の三年間に二二名の本病患者が死亡し、控訴審がすすめられている間でも犠牲者がでている。これに対し第一審被告は法律的には全く無意味な論争をくりかえして訴訟の引きのばしをはかることにより、一そうの苦痛を被害者に与えている。このことは慰謝料算定に考慮さるべきである。
2 逸失利益も含めた慰謝料請求ならびに一律請求について
(一) 第一審原告らは逸失利益および将来の財産的損害を除外して慰謝料の請求をしていたが、当審における請求の拡張にあたり逸失利益をも含めた意味での慰謝料を請求するものである。従前死者金五〇〇万円、患者金四〇〇万円というきわめて低額の慰謝料を請求していたたため、その中に逸失利益を含ませることは到底できなかつたのであるが、当審において慰謝料額を二倍に拡張した中には、逸失利益を含ませることにしたのである。
農家において主婦は主要な労働力であり、農作業でも家事でも無定量の労働を提供し、各家庭にはかり知れない貢献をしていることは公知の事実である。この一家の柱が本病で倒れ、その労働力が各家庭から消えたとき、どのような支障が生ずるか想像にかたくない。そればかりか看病のために更に家族の労働力さえも奪われてしまつたのである。これらの労働力が生かされ、一般の基準に従つてその対価が計算された場合、多年にわたるその総額はばく大なものとなる。第一審原告らはこれらを逸失利益として算定して請求することを主張しないかわりに、これを慰謝料の中に含めて斟酌すべきことを主張する。
(二) 第一審原告らが死者金一、〇〇〇万円、患者金八〇〇万円という定型化、定額化された金員の請求をなす根拠は、何よりも本病患者がいずれも人間として最も大切なものを侵害され、人間として生きる道を奪われたという点にある。人間としての価値に差がないという基本的人権尊重の立場からみれば、第一審原告らの一律請求は当然のことなのである。またこの一律請求ははかり知れない損害を集団的に請求する場合の帰結でもある。そもそも本病患者の苦痛は幾千億円の金を積まれようと慰謝されるものではなく、何人も有限の金員をもつて満足すべきことを第一審原告らに求めることのできない性格のものである。敢えて一定額の慰謝料を定めるとすれば、それは被害者自らがはかり知れない損害の中から内金として請求した金額を支払う場合のみである。
このような第一審原告らの請求である以上、誰もが経験したこともない本病の苦痛に対して、それを経験していない第三者が患者の間に差をつけたり、請求額を値切つたりすることはできない。どのような理由をつけ、もつともらしい基準を設けてもそれが真実に合致しているという根拠はどこにも存在しないからである。
3 第一審原告らの代理人たるイタイイタイ病対策協議会会長小松義久は、本件第一審および第二審の訴訟代理人ら全員の代理人たるイタイイタイ病訴訟原告弁護団団長正力喜之助に対し、昭和四六年一二月一〇日手数料および報酬として別紙請求目録第一、第二の「当審第一次拡張後の請求額」の二割に相当する目録中「当審第二次拡張請求額」欄記載の各金員につき当審口頭弁論終結の日(同四七年四月二四日)を支払期日とする債務を負担した。右金額を支払うことによる損害は本件不法行為と相当因果関係にあるから第一審被告に請求しうべき損害の範囲に属するものである。
よつて、第一審原告らは第一審被告に対し、それぞれ前記申立欄記載の各金員の支払を求めるものである。
三、第一審被告代理人らの主張に対する反論
1 第一審被告代理人らの当審における主張〔別紙昭和四六年九月二〇日附準備書面(第一)、および同四六年一〇月一八日附準備書面(第二〕に対する反論は、別紙第一審原告ら代理人ら提出の控訴人の主張に対する意見書(第二回)と題する書面のとおりである。
2 第一審被告代理人の当審における主張〔別紙昭和四七年四月二四日附準備書面(その一)、同日附準備書面(その二)〕に対しては、第一審原告ら代理人らの従前の主張に反する点をすべて否認する。
第三 、第一審被告代理人らの陳述
一、請求原因に対する答弁
原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
第一審原告高木常太郎、同江添チヨの死亡ならびに相続人による承継の事実は認める。
二、第一審被告代理人らの当審における主張
別紙昭和四六年九月二〇日附準備書面(第一)、同四六年一〇月一八日附準備書面(第二)、同四七年四月二四日附準備書面(その一)、同日附準備書面(その二)のとおりである。
第四証拠<略>
理由
第一当事者について
一、第一審原告ら
1第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、岡清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエ、亡宮田コト、亡高木ミ、亡高木よし、亡赤池志な、亡箕田キクエ、亡氷見つる、亡江添チヨ(以上一四名を第一審原告患者らという)が、神通川流域に居住してきたものであることは当事者間に争がない。
2<証拠>によれば、第一審原告青山源吾は、亡宮田コトの相続人であることが認められる。
3<証拠>によれば、第一審原告高木常太郎、同高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえは、亡高木ミの相続人であることが認められ、昭和四六年三月八日第一審原告高木常太郎の死亡により同人の相続分は他の相続人たる第一審原告長信ほか七名が八分の一宛承継したことは当事者間に争がない。
4<証拠>によれば、第一審原告高木良信は亡高木よしの相続人であることが認められる。
5<証拠>によれば、第一審原告赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎は、亡赤池志なの相続人であることが認められる。
6<証拠>によれば、第一審原告箕田作治、同茗原照子、同小塚澄子、同箕田照夫は亡箕田キクエの相続人であることが認められる。
7<証拠>によれば、第一審原告大窪みつえ、同田村きみ子、同氷見節子、同氷見忠一は亡氷見つるの相続人であることが認められる。
8昭和四六年二月六日第一審原告江添チヨが死亡し、江添栄作が三分の一、江添久明、大塚利幸、広瀬桂子が各九分の二の割合で相続により承継したことは当事者間に争がない。
二、第一審被告
第一審被告会社が鉱業法にいわゆる鉱業権を有し、これに基づき神通川上流の高原川沿岸に所在する神岡鉱業所において、鉱物の掘採と選鉱、製錬を行つている鉱業権者であることは、原判決に摘示のとおりであるから、原判決理由中、第一当事者欄の記載(原判決五三枚目表二行目「被告会社」より同裏九行目まで)をここに引用する。
第二原因たる事実
第一審原告ら代理人らは、本件イタイイタイ病(以下本件イ病または本病ともいう)は、第一審被告会社が高原川に放流し、流出するのを放置してきた廃水および鉱業中に含まれていたカドミウム、鉛、亜鉛等の重金属が神通川を流下し、用水路を経て第一審原告患者ら居住地域一帯の水田に沈澱、堆積し、或いは同地域の河川水および地下水に混入し、その結果農作物に吸収され、魚類の体内に蓄積され、飲用水である河川水および井戸水を汚濁し、これらの汚染された農作物、魚類、飲用水を長年にわたり摂取しつづけてきた第一審原告患者らの体内に移行蓄積し、その結果カドミウムを主因とする本件イ病に罹患したものである旨主張するに対し、第一審被告代理人らはこれを争うから、まず本件イ病発見の経緯およびカドミウム等の重金属による神通川流域汚染の事実の有無について考察する。
一、本件イ病発見の経緯について
第一審原告ら代理人らの主張する神通川流域に本件イ病が発生したことは当事者間に争がない。
<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。
1神通川流域の富山県婦負郡婦中町およびその周辺地域においては、長年にわたり原因不明とされた特異な地方病が発生しており、昭和二一年八月には、金沢医科大学精神医学教室長沢太郎教授ほか五名による調査がなされ、同二一年一〇月二六日「富山県神通川流域農村に多発するロイマチス性疾患について」(十全医学雑誌五〇巻)と題する研究発表がなされていた。
2その後間もなく戦地より復員した医師荻野昇は祖父の代からの医院を承継し開業したが、骨の痛みを訴える患者の多いことに注目して昭和二二年末頃から同三〇年頃まで金沢大学医学部病理学教室宮田栄教授とともに研究をなしたが、その研究成果は発表されなかつた。
3偶々河野臨床医学研究所を経営していた河野稔がこれを聞知し、本病患者二名を東京に伴い、昭和三〇年九月二八日両名を入院させ栄養治療としてビタミンD剤を大量投与することにより患者の病状が軽減することを発見した。
4昭和三〇年第一七回目本臨床外科医会において荻野、河野両名による学会発表がなされるや、本病は専門家の注目の的となり、本病の原因として栄養障害説、ビタミンD欠乏説、過重労働説、日照等不足説などが提唱されるに至つた。
5荻野昇は本病の原因としての栄養障害説に疑問をいだき、昭和三二年七月頃より神通川河水の鉱毒による重金属汚染の影響に着目して河川水や井戸水の水質分析を小林純(岡山大学農業生物研究所教授)に依頼したところ、同三四年一〇月小林純は発光分光分析法により、カドミウム、鉛、亜鉛等が顕著に含まれていることを発見した。
6吉岡金市(金沢経済大学学長)は、昭和三五年八月神通川水系冷水害調査を現地で行つた際、本病と農業鉱害の密接な関連に注目し、神通川水系の河川水、神岡鉱業所の廃滓、稲、魚、患者の臓器、骨等を前記小林純に分析を依頼したところ、カドミウム、鉛、亜鉛等なかんずく、カドミウムが顕著に含まれていることが明らかとなり、同三六年六月の整形外科学会で、吉岡、荻野両名で発表され、その後カドミウム鉱害説が学会の論議の焦点とされるに至つた。
7一方、第一審被告会社神岡鉱業所では、神岡鉱山病院医師の富田正男、広田昌利をして昭和三六年九月と同三七年一〇月の二回にわたり製錬従業員の精密検診、同三七年一月より動物実験を行わせ、異常のないことを発表させ、これに対抗したが、館正和(岐阜大学教授)は同四三年に至り神岡鉱業所のカドミウム製錬従業員中にカドミウム中毒に該当するとみられる事例のあることを報告している。
8以上のような経緯の末、厚生省は昭和三八年度には医療研究助成金、同四〇年度より同四二年度に至るまで公害調査研究委託費により綜合的な研究班を組織して、その本態と原因の究明に当らせ、同四三年四月末までに発表された科学的調査研究の結果および公的機関の資料等を詳細に検討した結果、同四三年五月八日公害行政の立場よりカドミウム慢性中毒説を採用して、いわゆる厚生省見解を発表した。
9厚生省見解の内容は次のとおりである。
(1) イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒によりまず腎臓障害を生じ、次いで骨軟化症をきたし、これに妊娠授乳、内分泌の変調、老化および栄養としてのカルシウム等の不足などが誘因となつてイタイイタイ病という疾患を形成したものである。
(2) 対照地域として調査した他の水系およびその流域ではカドミウムによる環境汚染や本病の発生は認められず、本病の発生は神通川流域の上記の地域にのみ限られている。
(3) 慢性中毒の原因物質として患者発生地域を汚染しているカドミウムについては対照河川の河水およびその流域の水田土壌中に存在するカドミウムの濃度と大差のない程度とみられる自然界に由来するもののほかは、神通川上流の三井金属鉱業株式会社神岡鉱業所の事業活動に伴つて排出されたもの以外にはみあたらない。
(4) 神通川本流水系を汚染したカドミウムを含む重金属類は過去において長年月にわたり、同水系の用水を介して本病発生地域の水田土壌を汚染し、かつ蓄積し、その土壌中に生育する水稲、大豆等の農作物に吸収され、かつまた恐らく地下水を介して井戸水を汚染していたものとみられる。
(5) このように過去において長年月にわたつて本病発生地域を汚染したカドミウムは住民に食物や水を介して摂取され、吸収されて腎臓や骨等の体内臓器にその一部が蓄積され、主として更年期を過ぎた妊娠回数の多い居住歴ほぼ三〇年程度以上の当地域の婦人を徐々に発病にいたらしめ、十数年に及ぶものとみられる慢性の経過をたどつたものと判断される。
(本病に関する原因究明のための調査研究については、これをもつて終止符を打ち、本病の予防と治療ならびにこのような公害の発生を予防するための科学技術上の調査研究等を推進すべきものと考える。)
10 これより先昭和三八年一二月より同四二年一二月までの間に、第一審原告患者ら(但しそれ以前に死亡した患者をのぞく)は富山県地方特殊病対策委員会においてイ病患者としての認定をうけていたところ、同四三年一月富山県イタイイタイ病患者審査委員会が発足し、同四二年度住民集団検診の結果から第一審原告患者ら(前同)を含む要治療者七三名、要観察者一五〇名を認定発表し、公害行政の立場から医療対策が講ぜられるに至つたが、同四四年一二月一五日健康被害の救済に関する特別措置法の制定に伴い、同法三条による認定がなされ、公害病患者としての救済措置が適用されるに至つた。
二、神通川流域汚染の事実の有無について
第一審被告会社神岡鉱業所の歴史すなわち神岡鉱山の開山より現在に至る掘採、選鉱、製錬などの操業の方法、施設の変遷廃水、鉱滓の処理ないし管理の状況については、当裁判所も原判決理由説示のとおりであると認めるから、原判決理由第二原因たる事実一、二および三の1・2(五三枚目裏一一行目より六六枚目表九行目まで、但し六一枚目裏二行目「同中村謙三」を「同中村謙二」と訂正する。)をここに引用する。
すなわち、第一審被告会社は和佐保堆積場および増谷第二堆積場を開設した昭和三一、三二年頃以降においては、高度な技術的設備をもつて神岡鉱業所の鉱滓の堆積と廃水の処理に当つてきたものということができるが、それ以前においては、堆積場および廃水処理設備は一応備えられていたとはいえ、その規模、技術的設備、能力等の点で必ずしも十分なものとは称し得ず、とくに大正年間より昭和二〇年代に至るまでの相当長期間にわたり、かなり多量の廃水等が神岡鉱業所より神通川の上流たる高原川に流出されていたことが推認されるのである。
そこで神通川流域における重金属による汚染の事実について考察するに、原判決挙示の各証拠によれば、
(一) 大正一一年の農商務省西ケ原農事試験場における新保村土壌の分析の結果
(二) 昭和一七年の富山県立農事試験場における宮川村、熊野村、新保村の土壌分析の結果
(三) 昭和二六年に浅川照彦のなした神通川、熊野川、井田川各流域の水田の土壌の調査の結果
(四) 昭和二七年三月に小林純のなした河川水質調査の結果
(五) 昭和三四年ないし同三五年に荻野昇、吉岡金市、小林純のなした調査の結果
(六) 昭和三八年ないし同三九年に文部省機関研究費によるイタイイタイ病研究班(石橋有信ら)のなした調査研究の結果
(七) 昭和四二年に財団法人日本公衆衛生協会イタイイタイ病研究班のなした調査結果
(八) 昭和四四年五月七日富山県農事試験場の発表した調査結果
につき、原判決認定のとおりであることが認められるから、原判決理由第二原因たる事実三の3(六六枚目表一〇行目より七九枚目表一四行目まで)をここに引用する。
以上の各調査結果よりみれば、次の事実が認められる。
(1) カドミウム、鉛、亜鉛等の重金属類は富山県上新川郡大沢野町および同県婦負郡婦中町を中心とする神通川およびこれから取水している「大沢野用水」「大久保用水」「一二ケ村用水」「神保用水」(以上東岸)「牛ケ首用水」「神通川合口用水」(「新屋用水)」「八ケ用水」「六ケ用水」「本郷用水」および「一二ケ用水」)(以上西岸)の水によつてかんがいを行なう地域の水田土壌中へ広く分布しており、その濃度は水源を異にする隣接河川の水によつてかんがいされる水田土壌中のものと対比してかなり高濃度であり、その結果右地域の米、大豆等農作物をも汚染していること、
(2) 右地域の水田土壌中のカドミウム、鉛、亜鉛等重金属類の分布は、水田部位別には概ね水口に多く、中央と水尻に少なく、また土層別には概ね上層に多く、中、下層に少ない点よりみて、右重金属類は神通川や前記各用水を介して上流から右水田中に運び込まれたものと推認されること、
(3) 前記認定のとおり(原判決理由第二の三の(七)の(6)引用)神通川下流における扇状地の地層形成時期別にみた区分と前記地域の水田土壌中の重金属類の分布状況とは一致しないことよりみて、右重金属類が扇状地の地層形成時期に堆積したものでないと考えられること、
(4) 神通川水系の河川水や川泥中の重金属類の分布の上で第一審被告会社神岡鉱業所附近におけるものが特に高濃度であること、
(5) 本件全証拠を検討しても、自然界に由来するもの(これは対照とされた水田土壌、河川水、川泥等中の重金属類の濃度と大差のない程度のものとみられる)以外にカドミウム、鉛、亜鉛等の重金属類を排出したもののあることを見出し得ないこと、
以上の各事実を綜合して勘案すれば、第一審被告会社神岡鉱業所からその操業過程において発生し排出されたカドミウム等の重金属を含む廃水等および同過程において生じ堆積された鉱滓から浸出する前同様の廃水等が神通川上流の高原川に、特に大正時代から昭和二〇年代に至るまでの相当長期間継続して多量に放流された結果、前記認定のごとく水田土壌、河川水、川泥中に右カドミウム等の重金属類が沈着堆積するに至り、右水田土壌河川水、川泥等を汚染するに至つたものと認められ、右認定を左右するに足る適確な証拠は存在しない。
第一審被告代理人らは現在はもちろん過去の神通川の水質は神岡鉱業所の廃滓量、鹿間堆積場のカドミウム濃度、神通川の流量等よりみて現行水質基準(〇、〇一PPM)を下廻るもので河川水中のカドミウム濃度は誠にいうに足らないものであつた旨主張するが、右主張は統計にもとづく仮定の計算を基礎とするものであつて到底採用のかぎりでない。(詳細は後述する。)
第三因果関係について
そこで第一審被告会社が神岡鉱業所の廃水等に含まれたカドミウム等の重金属を放流した行為と、本件イ病発生の因果関係について考察する。
およそ、公害訴訟における因果関係の存否を判断するに当つては、企業活動に伴つて発生する大気汚染、水質汚濁等による被害は空間的にも広く、時間的にも長く隔つた不特定多数の広範囲に及ぶことが多いことに鑑み、臨床医学や病理学の側面からの検討のみによつては因果関係の解明が十分達せられない場合においても、疫学を活用していわゆる疫学的因果関係が証明された場合には原因物質が証明されたものとして、法的因果関係も存在するものと解するのが相当である。なお疫学の定義については原判決説示のとおりであるから原判決の理由記載(八二枚目裏四行目より同一一行目まで)をここに引用する。
一、疫学の面からの考察
1本件イ病の疫学的特徴としては
(一) 組織的研究体制成立前の調査研究として
(1) 金沢医科大学精神医学教室長沢太郎教授ほか五名の調査研究
(2) 荻野昇医師、金沢大学病理教室宮田栄教授の共同研究
(3) 富山県の婦中町熊野地区の栄養調査
(4) 河野臨床医学研究所河野稔医師らの調査研究
(5) 富山県中央病院多賀一郎医師らの研究
(6) 金沢大学医学部病理学教室梶川欽一郎教授らの研究
(7) 金沢大学医学部放射線医学教室中川昭忠の研究
(8) 荻野昇医師の研究
(9) 高岡農協病院豊田文一医師らの研究
(二) 組織的研究体制の成立後の調査研究として
(1) ア、昭和三七年度における集団検診および疫学的調査の各成績
イ、昭和三七年度の本病容疑者に対する同三八年度の精密検診および疫学的調査の各成績
ウ、昭和三八年度の本病容疑者に対する同三九年度の精密検診および対照地区住民に対する集団検診の各成績につき、原判決挙示の各証拠により、原判決認定のとおり認められ、
エ、要約
として掲げられた事実を肯認し得るから、この点に関する原判決の理由記載(八三枚目表一行目より一一二枚目表三行目まで、但し九一枚目表七行目〇、一ないし〇、二パーセントとあるいは〇、一‰ないし〇、二‰と訂正する)をここに引用する。
なお、
オ、本病患者、同容疑者および同既往症者に対する昭和四〇年度の精密検診および対照地区住民に対する集団検診の各成績
力、本病患者の屎尿および前記熊野、新保両地区、大沢野町、太田地区、千里地区の住民の尿中の重金属類の各分析の結果
キ、昭和三七年から同四〇年までに発見された本病患者、同容疑者等の分類の結果
(2) 昭和四〇年度厚生省公害調査研究費による日本公衆衛生協会公害対策委員会のなした疫学的調査の結果
(3) 昭和四一年五月七日金沢大学医学部における高瀬武平教授らの臨床的検討の結果
(4) 富山県が金沢大学医学部の協力のもとに行つた住民健康診断(昭和四二年度集団検診、同四三年集団検診)の結果
(5) 昭和四三年六月一五日当時の本病患者および要観察者の分類の結果
(6) 富山県衛生研究所による尿の検査、疫学的研究の結果について原判決挙示の各証拠により原判決認定の各事実が認められるから、この点に関する原判決の理由記載(一一二枚目表四行目より一三一枚目裏一二行目まで、但し、一二四枚目裏五行目に「要管理者」とあるを「要観察者」と訂正する)をここに引用する。
以上の各認定の事実(各調査研究の結果)より考えると、本病の疾学的特徴として次の諸点をあげることができる。
(イ) 本件イ病の発生につき地域的限局性が認められる。
すなわち、本病患者は神通川を中心としその東方の熊野川と西方の井田川に囲まれた扇状地に限つて発生し、特に神通川左岸と「牛ケ首用水」に挾まれた三角地および川中島上流の同河川右岸地帯に多発しており、神通川から取水する各用水起始部の部落に有病率が高いのに、熊野川以東および井田川以西の各地域はもちろん神通川以外の富山県の主なる河川水系である庄川、黒部川、常願川流域のいずれにも患者が発見されていない。
(ロ) 本件イ病は大正年代後期より発生したとみられるが、昭和二〇年前後頃より発病したというものが多く、その頃より特に急激に増加したと認められる。
(ハ) 本病患者および同容疑者ならびに本病発生地域の住民の尿中には対照群に比し、明らかに多量のカドミウムの排泄が認められる。
(ニ) 本病患者および同容疑者は尿中に蛋白および糖が認められ、血清アルカリフォスファターゼが上昇し、血清無機リンが低下しており、本病の発生に腎機能の障害が関与していることを示している。本病発生地域の住民中本病の疑いがないとされる者でも、対照地区の住民に比し、尿蛋白および尿糖の認められる割合についても、また血清アルカリフォスファターゼの上昇、血清無機リン低下の点についても、いずれも高率であることが認められ、腎機能になんらかの異常を有する者および本病特有の血液所見を有する者が多い。なお、尿中カルシウムとリンの比率(Ca/P)は本病発生地域の住民が対照地区住民に比し高い値を示し、尿中カルシウム量の多いことを示している。
(ホ) 本病患者はほとんど女性に限られ、三〇才過ぎより七〇才までに発病し、大部分は更年期前後に発症する。
(ヘ) 本病の発生につき遺伝的要素は否定される。
(ト) 本病患者の出産回数は健康者のそれより多い(本病患者の平均6.3回、本病容疑者の平均5.7回、健康者の平均4.1回)。
(チ) 出産後の平均休養日数は本病患者、同濃厚容疑者が、疑の軽いものや健康者群に比して少ない傾向にある。
(リ) 農作業従事者は本病患者は本病患者および同容疑者において高率である。
(ヌ) 昭和三〇年当時の栄養摂取状態において熊野地区は富山県の農村平均に比し劣つているとはいえないし、本病患者の家庭は富山県農村平均より総カロリー、蛋白質などの点でかなり劣つているものもあるが、カルシウム等については優つている。のみならず、本病発生地域には米の過食と副食物の少ないことなどの食習慣がみられるが、これらの点は農村一般にみられるところであつて、本病発生地域のみの特徴ではない。殊に戦時中から戦後にかけては、脂肪、リン、カルシウム等の摂取が劣悪の状態にあつたことが推認され、本病患者の家庭の平均所得は健康者の家庭に比し低い傾向がみられる。
2本病の疫学的特徴からみた発生原因
以上説示のごとき疫学的特徴、殊に前記(イ)の事実すなわち本病発生地域が神通川を中心として同河川に注ぐ東方の熊野川および西方の井田川の両支流に挾まれた扇状地内に限局され、殊に神通川左岸と「牛ケ首用水」に挾まれた三角地および川中島の上流の同河川右岸地帯に多発し、かつ神通川から取水する各用水起始部の部落に有病率が高いのに、熊野川以東および井田川以西の各地域はもちろん、神通川以外の富山倶の主なる河川水系である庄川、黒部川、常願寺川流域のいずれにも本病患者が発生していないことを勘案すると、本病発生原因の究明には、この地域的限局性を最も重視すべきであり、この点を無視して原因を究明することは真相を見誤るものといつても過言ではない。
そしてこの地域的限局性を説明するために、本病発生地域の環境的特性と同地域の住民についての特異性を検討する必要があることは、原判決の説示するとおりであつて、右検討の結果、原判決挙示の各証拠によつて原判決の認める各事実が肯認される。すなわち、本病発生地域の一帯は神通川から取水される前記各用水と、それから分岐する大小多数の支流の用水路によつて網状に潤されていること、本病発生地域の水田化はいずれも神通川から取水される前記各用水の完成に伴つて進められ、地下水流も含めてすべて神通川の水を水源としていること、右水田土壌中にはかなり高濃度のカドミウム、鉛、亜鉛等の重金属類が分布しており、右重金属類は神通川および前記各用水を介して水田土壌中に運ばれたものであること、本件地域においては、右のごとく神通川により運ばれた重金属による農業被害が続出し、鉱害問題が論議されたこと、本病発生地域の住民が飲料その他の生活用水として神通川の水を利用してきたこと、本病発生地域の住民が対照地区の住民に比し多量のカドミウムを尿中に排泄し、本病発生地域の健康者においても、対照地区の住民に比し、尿中カドミウムの排泄量が多量であるのに、鉛、亜鉛については特に差異がみられないこと(このことは、本病発生地域の住民は対照地区の住民に比し多量のカドミウムに暴露され、多量のカドミウムを体内に蓄積していることを示している。)本病患者および同容疑者の尿中に蛋白および糖が認められ、血清アルカリフォスファターゼが上昇し、血清無機リンが低下しているのみならず、レントゲン線上は本病の疑がないとされる本病発生地域の住民にも腎機能になんらかの異常を有するもの、および本病特有の血液所見を呈するものが多数いることが示唆されている一方、本病発生地域の住民の栄養や同地域の気候、労働条件等については、同地域に特記すべき事情は認められず、これらをもつて本病発生の地域的限局性を説明し得ないことは、原判決理由説示のとおりであるから、この点に関する原判決の理由記載(一三五枚目裏七行目より一五〇枚目裏二行目まで但し一四八枚目裏六行目一日あたり一〇ガンマーとあるを一リットル中一〇ガンマーと訂正する)をここに引用する。
要するに、本病の地域的限局性は、以上説示のごとく、本病発生地域における水田が専ら神通川およびこれから取水する用水をもつてかんがいされているため、本件地域住民がこの水を介して上流から水田に運び込まれたカドミウム等の重金属類によつて汚染された米、大豆等の農作物を食料とし、或いは神通川の水を用水から直接または間接に飲料その他の生活用水に使用したことによるものであるということができ、同地域の住民に経口的に摂取され、体内に吸収蓄積されたカドミウムによつて本病が惹起されたものと認めるのが相当である。
尤も、前記認定(原判決引用)の各調査研究の結果判明した次の事実、すなわち本病患者が昭和二〇年前後に特に急激に増加していること、米の過食や副食物の少い食習慣による本病患者の家庭の栄養摂取状況の不良なること(総カロリーや蛋白質等の点で富山県の農村平均より劣ること)、患者家庭の平均収入が低い傾向にあること、本病患者の大部分が更年期をすぎた既婚の婦人で多産の経験者であること、本病患者には農業従事者が比較的多く、出産後の休養期間が少いことよりみれば、これらの事実は本病発生地域に特有の特徴的事情とは認められないことまでもないが、栄養摂取、妊娠、出産、授乳、内分泌の変調、老化等の因子も本病の発生に関与していることを示すものとして無視し得ないものというべきである。しかしながら、右の諸因子をもつては、本病の地域的限局性を説明し得ないから、右は従たる因子というべく、主たる因子はカドミウムといわねばならない。
この点に関して、第一審被告代理人らは他のカドミウム汚染地域においては、本件イ病の発生をみないのであるから、カドミウム説は根拠がない旨強く主張し、別紙準備書面その一、同その二に記載のとおり詳細に反論を展開しているのであるが(右反論の理由のないことは後述することとし、ここでは結論のみにつき、簡単にふれることとする。)、他のカドミウム汚染地域と本病発生地域とは、カドミウムの量、その暴露の時期、期間その他の諸条件において同程度であると認めるに足る証拠なく、第一審被告代理人ら主張事実の前提となる条件が同一であるとの点を肯認し得ない以上、単に他のカドミウム汚染地域にイ病類似の患者が発見されないことをもつて、前記認定を左右し得ないこというまでもない。
以上説示のごとく、疫学的因果関係により本件イ病の原因物質はカドミウムであることが証明されたのであるから、臨床および病理学による解明によつて、右証明がくつがえされないかぎり、法的因果関係の存在も肯認さるべきである。よつて次に臨床および病理学の面からの考察に進むこととする。
二、臨床および病理学の面からの考察
第一審原告ら代理人らは、本件イ病の病理機序として、カドミウムが経口的に摂取されることによつて腎臓に蓄積し、腎尿細管の再吸収機能が著しく阻害される結果、カルシウム等が尿とともに体外に排泄され、遂に骨の脱灰現象を生じ、骨軟化症(ファンコニー症候群)を惹起する旨主張し、第一審被告代理人らは本件イ病は腎性骨軟化症ではなく、ビタミンD欠乏等に起因する骨軟化症である可能性がきわめて高い旨抗争するから、まず本病の臨床および病理所見について考察する。
1本病の臨床および病理所見
(一) ところで、本病の臨床および病理所見として合同究班による調査研究の結果は、原判決挙示の各証拠によれば、
(1) 金沢大学医学部平松博教授の報告
(2) 同梶川欽一郎教授の報告
(3) 同武内重五郎教授の報告
(4) 富山県中央病院村田勇医師の報告
(5) 荻野昇医師の報告
につき、原判決認定のとおり肯認されるから、原判決の理由記載(一五四枚目裏一〇行目より一六一枚目表七行目まで)をここに引用する。
尤も武内重五郎教授はその後変説し、腎障害より骨軟化症をきたすという考え方は根本的に再検討が必要であると主張するに至つた。(詳細については後述する。)
(二) 右認定の各研究報告、前記一の「疫学の面からの考察」において認定した組織的研究が行われるまでに各研究者の行つた本病の臨床および病理所見に関する前記各報告に、<証拠>を綜合すると、本病の臨床および病理所見として、
(1) 本病の自覚症状および経過につき
(2) 一般的臨床所見につき
(3) 腎臓の臨床検査成績につき
(4) 右以外の一般的臨床検査所見につき
(5) 骨のレントゲン所見につき
(6) 本病の腎病変と骨病変についての病理的所見につき
いずれも原判決認定のとおり肯認することができるから、原判決一六一枚目裏一行目より一六五枚目裏八行目までをここに引用するが、以上の臨床および病理所見は、要するに本病の本態をファンコニー症候群とよばれる広範な腎尿細管障害であるとし、これが骨軟化症まで発展したものであるというのであり、前記(第二の一の9)厚生省見解もこの考え方に従つたものである。
(7) これに対し、前記武内重五郎教授は厚生省見解発表後当審証人として出廷するまでの間に前記3の見解(原判決引用)を変え、
イ、他地域のカドミウムの人体汚染の程度と本件イ病発生地域の人体汚染の程度の対比。
ロ、イ病の骨軟化症としての骨病変がはつきりした時点において、腎尿細管障害をきたす物質の作用があつたとする医学的根拠が認められない。
ハ、カドミウムが体内に蓄積し腎障害を引き起こし、骨軟化症をきたすという考え方は根本的な再検討が必要である。
ニ、イ病の現在に至るまでの臨床経過が慢性カドミウム中毒として理解されている病像と著しく異なる。
以上の四点をあげて、カドミウム説をもつてはイ病の病理を説明することは困難であり、ビタミンD欠乏で説明する方が容易であるとの見解をとるに至つたことは、同証人の当審における証言により明らかである。
そして右証言と、<証拠>を綜合すれば、武内重五郎教授の見解は、
(イ) 昭和三〇年度の症例は腎尿細管の障害が機能的にも、形態的にもきわめて軽微であつて、ファンコニー症候群の所見とはいい得ない。
(ロ) これに対し、昭和四〇年に四人の患者について生検を含む臨床検査を実施した結果では、臨床的にも形態学的にも腎尿細管にかなりの異常が認められ、ファンコニー症候群とよばれる所見が存する。
(ハ) すなわち一〇年間に腎尿細管機能の著しい低下があり、形態学的にも腎尿細管の変化が強く出ているのであつて、この両者の変化には質的な相違があり、この傾向は患者の具体的な症例でも患者グループでも同じであること。
(ニ) この両者の比較からみて、昭和四〇年にみられたイ病患者の腎障害は同三〇年以降に起つたものであることが判明し、原因物質としては病歴の上から長期かつ大量に投与されたビタミンD以外に他の物質は見当らない。
(ホ) 昭和三〇年頃の患者の腎尿細管の変化は外因性物質による障害と考えるような形跡が認められない(外因性物質による場合は腎尿細管全体に変化を生ずる)。
以上の理由により、イ病はビタミンD欠乏症による骨軟化症と考える方が説明が容易であると結論づけている。
2臨床および病理的所見からみた本病の発生原因
(一) 腎病変からみた本病の発生原因
前記認定のとおり臨床および病理所見から本病の本態をファンコニー症候群といわれる広範な腎尿細管の障害であるとの所見(厚生省見解もこの所見による)に対し、腎尿細管障害の軽微なことを理由としてこれを否定し、ビタミンD欠乏を理由として骨軟化症に発展したものであるとの説(武内重五郎教授の新説)が対立しているわけであるが、右武内教授の新説は専門の学会で発表されたうえ、他の専門学者の十分なる批判検討にさらされたわけのものではないばかりか、ビタミンD欠乏の理由のみでは前記疫学的考察においてみられた本病の地域的限局性の説明が困難であることを勘案すると、武内教授の新説は直ちに採用しがたく、今後の十分な再検討が望まれるものである(なお右の新説は前提においても疑問の点が多いのであるが、詳細については後述する)。
そこで厚生省見解の採用する腎尿細管の障害より骨軟化症に発展するとの見解に従えば、腎尿細管の機能障害を呈するリグナック・ファンコニー症候群、アダルト・ファンコニー症候群(いずれも先天性尿細管機能異常)とは遺伝性の有無により区別され、ウイルソン病、多発性骨髄腫とは臨床病理像を異にするため、ネフローゼ症候群(内因性毒物による)や、変性テトラサイクリン、リゾール、マレイン酸等の外因性毒物によるものとは病気の発生状況が異るため、いずれも鑑別は容易であり、ビタミンD欠乏のみによるとも認められないこと前記のとおり(ビタミンD欠乏症のみによつては地域的限局性を説明し得ない)であるからには、重金属による疾患の可能性をあげざるを得ないのであるが、重金属類のうちでも鉛や亜鉛は原判決記載のごとき理由で除外され、結局カドミウムのみが残ることとなり、疫学的考察においてみたとおり、本病発生地域が特にカドミウムによつて著しく汚染されていることと完全に一致するのみならず、外国における重金属の経口摂取による腎障害の事例よりみても、重金属の経口摂取による腎障害の可能性が肯定され、本病患者にみられる腎尿細管の機能障害の原因はカドミウムであるとみるほかはないと解せられること原判決説示のとおりであるから、右理由記載(一六六枚目表二行目より一六八枚目表八行目まで)をここに引用する。
第一審被告代理人らは、一般に有機金属化合物以外の重金属塩は経口摂取による吸収がきわめて悪いこと、動植物性の食品に重金属類が多量に含まれていることや、流水中に高濃度の重金属類が絶えず流下することはあり得ないこと等を理由に、慢性カドミウム中毒が食品或いは飲料水を介して経口的に発生することは殆んどなく、従つて水質または地質汚染の結果として腎障害が地域的に限局して多発することはあり得ないと主張する。
しかしながら、既に説示のとおり重金属類の経口摂取により腎障害が地域的に限局して多発する可能性はないわけでなく、動植物性の食品に重金属類の含まれていることや、神通川の流水中に高濃度のカドミウム等が放流されていた事実は前記疫学的考察において説示したとおりであつて、第一審被告代理人らの主張は採用できない。<証拠>をもつてしては、前記認定を左右しがたいこと原判決に説示したとおりであるから、右理由記載(一六八枚目裏二行目「前記」より同裏一四行目まで)をここに引用する。
(二) 骨病変からみた本病の発生原因
本病における腎障害と骨病変の関連につき、本病の腎尿細管機能異常を骨病変の原因とする考え方と、反対に腎障害を骨病変に続発する二次的なものとする考え方が対立しているが、前者を採用するのが妥当であること、ファンコニー症候群なる概念についての古川俊之博士、武内重五郎教授、石崎有信教授の各説は原判決説示のとおりであることが肯認され、本病の骨病変はファンコニー症候群の一症状と呈すると解せられ、腎尿細管の機能障害はカドミウムが主因であると解するのが相当であり、骨病変に発展するためには、腎尿細管の再吸収機能障害によるカルシウムの体外流出のほかに、補助的に妊娠、出産、授乳などによるカルシウムの需要増大、栄養不足などによるカルシウムの供給不足等の因子の関与が必要と解せられること原判決の見解と同一であるから、この点に関する原判決の理由記載(一六九枚目表四行目より一七一枚目表一二行目まで、但し一六九枚目表六行目から七行目にかけて「甲第一八五ないし第一八七号証」とあるのを「甲第一八五号証、第一八六号証の一、二、第一八七号証」と訂正する)をここに引用する。
要するに、本病の主要な症状である腎障害および骨病変はいわゆるファンコニー症候群であつて、その主たる要因をカドミウムとし、その補助的要因として妊娠、出産、授乳、カルシウムの摂取不足などがあげられるのである。従つて臨床および病理所見からみた本病の発生原因は疫学的観点からなした本病の発生原因追及の結果とも一致するわけである。
第一審被告代理人らは本病の発生原因としてカドミウムを全く否定する旨主張する。成程本病患者は更年期をすぎた女性が多く多産の傾向がみられ、栄養なかんずくカルシウム摂取不足のあることは疫学的調査研究により既に指摘されており、疫学的考察の項においても認定したごとく、栄養摂取、妊娠、出産、授乳、内分泌の変調、老化等の因子が本病の発生に関与していることは否定できないのであるが、それだからといつてカドミウムを否定し去ることの許されないことは、本病の疫学的考察および臨床病理的所見において説示したところで明らかといわねばならない。
なお、外国におけるカドミウム中毒に関する研究については、原判決挙示の各証拠により原判決説示のとおり認められるから、この点に関する原判決の理由記載(一七二枚目表一一行目より一七七枚目裏四行目まで)をここに引用するが、原判決摘示のごとき外国文献にあらわれた研究成績からすれば、本病における腎臓や骨の病変がカドミウム慢性中毒によつて発現すると考える余地がないわけでないとする原判決の見解はこれを首肯すべきである。
三、動物実験の結果からの考察
原判決挙示の各証拠によれば、
1 外国における動物実験
2 我国における動物実験
(一) 金沢大学医学部衛生学教室石崎有信らの動物実験
(二) 金沢大学大学院医学部研究科衛生学講座松田悟の動物実験
(三) 岐阜大学医学部公衆衛生学教室館正和の動物実験
(四) 小林純の動物実験
(五) 富山県衛生研究所久保田憲太郎らの動物実験
(六) 富山県立中央病院村田勇らの動物実験
(七) 東京大学医科学研究所朴応秀らの動物実験
につき、それぞれ原判決認定の事実が認められ、右各認定事実によつて認められる我国における各実験の結果に徴すれば、前記の疫学および臨床病理面からの考察による、本病における腎機能障害および骨病変が慢性カドミウム中毒にもとづくものであるとする前記の結論に誤りのないことを実験病理の面からも証明したものと解されること、原判決説示のとおりであるから、原判決のこの点に関する理由記載(一七七枚目裏九行目より一九一枚目裏三行目まで)をここに引用する。
ところで、第一審被告代理人らは(1)第一審原告ら代理人ら援用の動物実験では明らかに現地の実情を無視して高濃度のカドミウムが投与されていること、(2)発生した骨障害の結果がカドミウムによるものか、或いは栄養の低下によるものかの判別のためになさるべきペアード・フィーデングの考慮が払われていないこと、(3)外国の動物実験の報告例に骨軟化症の発生について記載したものがないこと、(4)神岡鉱業所の廃水または低濃度のカドミウムを投与した動物実験において異常所見が認められなかつたことをあげて、第一審原告ら代理人らの援用にかかる動物実験の成績をもつてしては、カドミウムが本病の原因であることの根拠となし得ない旨主張するが、右主張の理由のないことは、原判決の説示するとおりであるから、この点に関する原判決の理由記載(一九二枚目表六行目「原告ら援用の」より一九七枚目裏一一行目まで)をここに引用する。
四、本病の病理機序(メカニズム)について
第一審原告ら代理人らは、カドミウムは摂取されると排泄されないまま次第に体内殊に腎臓に蓄積し、腎尿細管に障害を生じて骨軟化症を惹起するに至る旨主張するのに対し、第一審被告代理人らは次のように反論する。
1 経口摂取の場合のカドミウムの体内吸収率は約一ないし二パーセントにすぎない。
2 摂取されたカドミウムの大部分は屎尿中に排泄される。
3 従つて、第一審原告ら主張のように摂取されたカドミウムが排泄されないまま、次第に体内殊に腎臓に蓄積することはない。
4 本病患者の腎尿細管の機能異常が認められるとしても、慢性カドミウム中毒によるものであるか不明である。
5 腎尿細管の再吸収機能の障害より骨病変が起る機序が医学上不明である。
そして、右石崎有信ら、松田悟、田辺釧の各動物実験の結果は原判決理由説示のとおりであるから、右記載(一九八枚枚目裏五行目より二〇〇枚目表七行目「認められ」まで)をここに引用するが、右各動物実験の結果に原判決挙示の各証拠(二〇〇枚目表七行目「前記」より同一二行目「各証言」までを引用)を綜合すれば、本病の病理機序につき、次のように考えられる。
(一) 腎障害を生ずるに至る病理機序について
経口摂取されたカドミウムは腸管から吸収され、各臓器に蓄積され、腎臓からわずかずつ尿中に排泄されるけれども、蓄積量が一定の限界を超えると腎尿細管に障害が生じ、再吸収機能が阻害され、ぶどう糖、アミノ酸、カルシウム、リン、カリウムなどが尿とともに排泄される。
(二) 骨障害を生ずるに至る病理機序について
石崎有信、武内重五郎(改説前)、村田勇、荻野昇らの各説があり、その内容については原判決に説示のとおりであるから、右記載(二〇〇枚目裏一三行目より二〇二枚目表一〇行目まで)をここに引用するが、腎尿細管の再吸収機能が阻害されると血液中のカルシウムの量が減少し、減少したカルシウムは第一次的には腸管からの吸収により補われるが、それによつても補われない場合には骨中のカルシウムが流出して血液中のカルシウムを補うことになり、それだけ骨中のカルシウムの量が減少し、骨障害を起すようになるとの石崎教授の説によつて説明可能であると考えられる。
本病の病理機序は一応右のとおり説明可能ではあるが、経口摂取されたカドミウムの腸管吸収率、カドミウムの腎臓に対する影響、カドミウムの腎臓に病変を生ぜしめる量の問題、腎障害から骨病変への発展についての病理機序について説明困難な点も存することは原判決説示のとおりであるから、右記載(二〇二枚目表一四行目より二〇三枚目表九行目まで)をここに引用するが、細部にわたつては将来の研究にまたねばならないとは、いえ、大筋においては一応病理機序の説明可能であるからには、前記認定の疫学的因果関係は臨床病理面からの考察によつても、左右されず、結局法的因果関係の存在を肯認し得るものといわねばならない。
五、本病の鑑別基準および治療方法について
この点については、原判決理由説示のとおり肯認しうるから、右理由記載(二〇三枚目裏八行目より二〇七枚目表一三行目まで)をここに引用する。
第四因果関係に関する第一審被告代理人らの反論について
第一審被告代理人らは、別紙昭和四六年九月二〇日付準備書面(第一)〔以下第一準書という〕、同四六年一〇月一八日付準備書面(第二(〔以下第二準書という〕、同四七年四月二四日付準備書面(その一)〔以下準書その一という〕、同四七年四月二四日付準備書面(その二)〔以下準書その二という〕記載のとおり、イ病とカドミウムとの間の自然的因果関係を争い、詳細にわたつて反論を展開しているのであるが、右主張は次の諸点に要約される。
一 神通川の河水について
二 疫学調査および他地域問題について
三 臨床、病理、解剖学の見地からの考察について
四 動物実験について
五 ビタミンD欠乏説について
六 その他の問題点について
1 神通川流域の井戸水について
2 杉の木年輪論について
3 農業被害について
4 漁業被害について
5 ビタミンD過剰投与について
6 因果関係の競合について
右各論点についての第一審被告代理人らの反論はいずれも理由がないと考えるものであつて、右論点のうちの一部については、既に当裁判所の判断を示したものもあるが、更に詳細について逐次考察することとする。
一神通川の河水について
第一審被告代理人らは、現在はもちろん過去の神通川の水質は、神岡鉱業所の廃滓量、鹿間堆積場のカドミウム濃度、神通川の流量よりみて、現行水質基準(0.01PPM)を下廻るもので、河川水中のカドミウム濃度は誠にいうに足らないものであつた旨主張する(第一準書四、(3)、準書その一、第二章第一、および別表)。
そして、昭和五年より同二八年に至る年間発生廃滓量(但し同五年より同一五年は同一六年の数値による)に、廃滓中のカドミウム濃度を乗じ、神通川の一日当り最小流量で除した水中カドミウム濃度の試算にもとづき準書その一、第二章第一の別表記載のとおり神通川の河水中のカドミウム濃度は、最小流量でみて、最高0.0369PPM(同一六年)、最低0.0156PPM(同二二年)、平均0.0244PPMにすぎないというが、第一審被告代理人らの右カドミウム濃度の主張は統計にもとづく試算にすぎず、現実に合致しないことはいうまでもない。
成程右試算は第一審被告代理人ら主張のとおり
1 発生した廃滓が全量流出した。
2 公表値のない昭和五年ないし同一五年の発生廃滓量は、それらの年より多い同一六年の発生廃滓量をとつた。
3 最小流量すなわち一年間において最も流量の少い日の水量が一年間続いている。
という、いずれも第一審被告会社にとつて不利な仮定のもとに計算がなされており、<証拠>によれば、小林純教授が昭和四四年四月九日参議院産業公害および交通対策特別委員会の席上で、神通川のカドミウム濃度は年間を通じ概ね0.01PPMと推定される旨述べたことは明らかである。
しかしながら、たとえ第一審被告会社にとつて不利な仮定の下になした試算の結果算出されたカドミウム濃度が、現行の水質基準を下廻る低い数値にすぎないとしても、現実にはそれ以上の多量のカドミウムが屡々流出していたことは、次の事実に徴しても明らかである。
すなわち、<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。
(一) 第一審被告会社神岡鉱業所の廃滓堆積場等の設備は昭和三一年頃一応完備されたが、それ以前においては屡々、溜池やサンド堰堤等に、決潰を生じ廃滓等が多量に流出したが、その主なものは次のとおりである。
(1) 昭和一〇年三月三〇日スライム溜池の決潰による多量のスライムおよび鉱泥の流出、
(2) 昭和一一年一〇月三日サンド堰堤西側地点の決潰
(3) 昭和一三年七月一一日サンド堰堤が決潰し、鉱砂、鉱泥流出、
(5) 昭和二〇年一〇月八日鹿間堆積場の決潰により廃滓四〇〇、〇〇〇立方メートル流出、(但し決潰の事実は当事者間に争がない)。
(5) 昭和三一年五月一二日和佐保堆積場の決潰により廃滓約三、三〇〇立方メートル流出(この点は当事者間に争がない)。
(二) 右の堆積場の決潰のほか、高原川、神通川の洪水に伴い、堆積された廃滓の流出すること多く、その都度神通川の水流は白濁化した。
右各事実に、<証拠>によつて認め得る大正五年以降昭和三一年までの間に神通川鉱毒流下、白濁の記事が屡々新聞に報道されたことをあわせ考えると、第一審被告会社神岡鉱業所においては、前記堆積場設備の一応完備するに至るまでの間、殊に第二次大戦中の増産に次ぐ増産に伴い、廃滓の処置に窮し、これを野外に放置したため洪水に伴つて廃滓が流出し、前記のごとき堆積場の決潰による多量の廃滓の流出もあつて、(むしろ夜陰に乗じ、或いは洪水を利用して従業員に命じて故意に多量の廃滓を高原川に投棄したとの疑も多分に存するのであるが、)これが通常の操業によつて排出される廃水、堆積された廃滓より浸出する廃水とともに、高原川に流入し、神通川を流下したカドミウムの量は、到底第一審被告代理人らの主張するごとき少量であつたとは認めがたく、長年月の間に多量のカドミウムが流出し、同三一年頃設備が一応完備されるまでは河水中のカドミウム濃度も著しく高かつたものと推認される。要するに、第一審被告代理人らの所論は統計にもとづく仮定の試算を基礎とするものであつて、現実に合致しないものというべく、到底採用のかぎりでない。
なお第一審被告代理人らは、神通川の河川水の性質につき、昔より今日に至るまで変ることなく、PH七前後の中性でカドミウム等の重金属類は溶解しない旨主張する(準書その一、第二章第二の一、準書その二、第二章第一の一)。
成程原審証人小林純の証言により成立を認め得る甲第三七号証(農林小作官補石丸一男、農事試験場技術師小林純共同作成名義の昭和一八年七月付農林省農政局長に対する復命書)によれば、神通川の水質がPH(水素指数)七内外の中性であつて、鉱毒の基本的証左たる酸素反応を全く示さず神通川には現に魚類がなお生棲する事実を報告していること、<証拠>によれば、婦中町史の神通川の水質の項、水質調査成績表(同二七年六月一五日より同二八年五月一五日までの間の調査平均値)には、神通川の水質がPH7.3(井田川、常願寺川と同じ)、浮遊物についても井田川の33.9、熊野川の23.7に対し、神通川は18.5と低い値を示している旨の記載があること、<証拠>によれば、同二七年三月大原農業研究所小林純作成の富山、石川、福井県下河川の水質調査報告には神通川のPH7.4なる記載があること、<証拠>によれば、岐阜大学の小泉清明教授の同二七年一一月二〇日附被告も小林報告と同一見解であつて、宮川(高原川との合流点附近)には翅目蜉目を主とする昆虫相が豊富であつた旨の記載があることが夫々認められるのであるが、以上の各書証によつて認められる第一審被告代理人らの主張事実はいずれも、前記認定を左右するに足る資料とは解せられない。
すなわち、前示甲第三七号証の復命書には、「神通川河川をかんがいする水田において特に水田の水口近くに化学的被害が現出せる原因については、神通川より流入し水田の水口に沈積せる砂泥中に水稲の根が入り込む場合根と接触する部分において鉛或いは亜鉛が僅かに溶解され根に吸収されることによるものと推考すべきである」旨報告されているところよりみれば、右小林純らの報告は未だカドミウムの作用が知られなかつた当時のこととて同人らが疑問を感じたことが推認されるのであつて、前記認定のごとく神岡鉱業所より放流されたカドミウムを含む廃滓が神通川の河川水を汚染した事実をくつがえす資料となし得ないこと明らかである。
また<証拠>によつて認め得る水質調査成績表による浮遊物に関する数値については採水日によつてその数値は大きく異つており(神通川の最大値は昭和二七年七月一五日の94.2最小値は同二七年九月一五日同二八年二月一五日の各1.5)、平均値によつて論ずることは無意味であるというべきである。
更に前示甲第一五三号証によれば、河底棲息の昆虫相には顕著な異変があり、神岡鉱山鹿間廃滓合流点以下下流では調査地点に関する限りほとんど水棲昆虫の姿を見ない旨の記載が認められ、小泉教授が昆虫相の豊富であつたという宮川(高原川との合流点附近)は、神岡鉱業所の廃水の影響しないところをさすことは、その記載内容よりみて明らかであつて、第一審被告代理人らの右引用は誤つていること明らかである。
のみならず、<証拠>によつて認め得る昭和四二年当時の河川水調査の結果および第一審被告代理人らの主張する同四六年九月富山県発行の「公害の概況説明」の同四五年調査平均水質等は、前示説示のごとく同三一、二年頃に一応廃滓処理設備の完備した後の調査であつていずれも前記認定事実を左右するに足るものとは解し得ない。
以上のとおり第一審被告代理人らの所論をもつては前記認定の神通川汚染の事実をくつがえすに足らず、神通川の河川水はなんら人体を始め生物に障害を与えるものでないとの主張は到底採用の限りでない。
二 疫学調査および他地域問題について
1第一審被告代理人らは疫学調査に関し、
(一) イ病患者のカドミウム摂取量
(二) イ病患者のカドミウム摂取量が人体に障害を生ぜしめる程度のものか
(三) カドミウムの摂取量とイ病の消長との間に相関(量と反応)が看取できるかすなわち、
(1) 男女、年令、地域の別なく罹患の傾向が認められない理由
(2) 用水の起首部とそれ以外の区域とで患者数に差のある理由
(3) 両区域の各生産米のカドミウムの含有量の相違
(4) 用水起首部区域内に居住するイ病患者と同様の年令、性、居住歴そのほかの生活環境をもつ多数住民が罹患しない理由について検定がなされていないから、カドミウムの摂取量とイ病の消長との相関は疫学的になんら実証されていない旨主張する(第一準書二(3)イ、第二準書第二)。
しかしながら、疫学は前記(原判決引用)のごとく患者の集団について地域的限局性、年次的消長、季節による変化、性別、年令分布、家族集積性などの特徴を把握し、疾病の発生機序を研究して予防対策をたてる学問であつて、既に説示したごとく本病について行われた疫学調査により本病の原因物質がカドミウムであることが判明したのであるから、個々の患者のカドミウム摂取量とか、どの程度の摂取量で人体に障害を生ぜしめるか、すなわち患者と非患者の摂取量の対比などについての所論のごとき数量的解明や、摂取量とイ病の消長との相関関係のごとき点についての、疫学調査が必要欠くべからざるものとは称し得ない。けだし疾病は同一原因が作用しても、必ずしも同様に発病するとはかぎらず、他の因子の作用により異る結果を生ずることは医学上の常識であるからである。
2次に、第一審被告代理人らが、環境調査につき著しい不備矛盾として指摘する点について考察する。
(一) 環境中の重金属に関する調査考察につき
(1) 神通川の河川水に含まれるカドミウム濃度と安全基準について(第二準書第一の三、(四))
第一審被告代理人らはイ病患者のカドミウム摂取量につき、神通川の河川水に含まれるカドミウム濃度は安全基準以下であつたから、高濃度のカドミウムを含有するとの疫学調査には不備欠陥がある旨主張する。
神通川の水質については既に説示したところ(一、神通川の河水について)で明らかなとおり、高濃度のカドミウムが放流されていたものというべきであつて、安全基準以下であることを前提とする第一審被告代理人らの右主張は失当である。
尤も、第一審被告代理人らの主張する第一審原告患者らが河川水を飲用した事実そのものが疑わしとの点については、<証拠>によれば、昭和三七年度患者に対する同三八年度精密検診および疫学調査成績が第一審被告代理人ら主張のとおりであることが認められるけれども、河川水を直接飲用に供した人が少なかつたとしても、生活用水として使用しておればカドミウムを摂取することを否定し得ないから、右事実によつては、前段説示の疫学調査の結果に不備欠陥があると断じ得ないこというまでもない。
(2) 水田のカドミウム濃度と水田の部位について(準備その一第一章第三の二(一))
成立に争いのない甲第四三号証(表7―原判決添付別表(一))によれば、カドミウム濃度について神通川本流水系右岸一三例中六例、同左岸二一例中八例が水口に多く、水尻に少ない傾向を示さないことが認められる。しかしながら、右甲第四三号証の表7を仔細に検討すれば、調査地点の過半数以上について水口に多く、水尻に少い数値を示していることが認められ、このことから水田カドミウム濃度の調査の結果は概ね水口に多く、水尻に少い傾向を示しているといつても、誤とは称し得ない。
(3) 水田土壌の土層別にみたカドミウム濃度について(準書その一、第一章第三の二(一))
前示甲第四三号証(表7)によれば、神通川本流水系左右両岸の三四例中一七例が上層に多く、中下層に少い傾向に反する数値を示していることが認められる。しかしながら、各採取地点における水口、中央、水尻の各部位につき上層、中層、下層、最下層のカドミウム濃度を夫々綜合して考察すれば、大沢野町上大久保、富山市吉倉、八尾町葛原、婦中町成子、同広田4区、同青島、同十五丁(1)、同十五丁(2)、同堀、同東本郷をのぞいては、概ね上層が多く、中、下層にいくにつれて少くなつている傾向が認められるのであつて、右除外地点が三四個所中一〇個所にすぎず、しかもそのうち富山市吉倉、八尾町葛原の二個所には、水口の前に水溜を設置されていることよりみれば、右の傾向を肯認しても、調査結果に反するということはできず、そもそも疫学的考察そのものが厳密な数量的解明を要求するものではなく、集団現象としての特徴を把握することを目的とするにすぎないことよりみても、右の結論は是認さるべく、これをもつて調査の著しい不備、矛盾と解し得ないこというまでもない。
(4) 地層形成と重金属の分布との関連性について(準書その一、第一章第三の二)
前示甲第四三号証(表4)によれば、日本公衆衛生イタイイタイ病研究班の報告の判断の基礎となつた分析試料は、約五〇平方キロメートル中の三四個所から採取したにすぎないこと、川泥中の懸濁物につき、神岡鉱業所より上流の蒲田川穴毛谷で5.7PPM、高原川赤桶で3.8PPMのカドミウムが顕出され、下流で流入する跡津川においても5.0PPMのカドミウムが検出されていること、これに対し対照河川である井田川の川泥懸濁物中のカドミウム濃度は0.7PPMにすぎないことが認められる。右認定事実よりみれば、神通川の上流たる高原川の流域にはカドミウムを含有する鉱床が多いこと、従つて長年にわつてこの鉱床岩石を侵蝕し、それに含まれたカドミウム等の重金属が少なからず神通川を流下し、下流の扇状地の地層に沈積したことが推認されるのであるが、しかしながら、右のごとき天然のカドミウムの流下は、前示甲第四三号証の表4によつて認められる和佐保谷下流部(89.9PPM)、鹿間工場上部排水口(三六三PPM)、同中部排水口(八三二PPM)、鹿間谷下流部(一三八PPM)、高原川鹿間谷合流点下流(一六〇PPM)の懸濁物中のカドミウム濃度に比すれば、問題にならない量であつて、扇状地の地層形成期別にみた区分と水田土壌中の重金属類の分布状況とは概括的に一致するとは到底認められず、右甲第四三号証の報告が図11と図4ないし6を対比して扇状地の形成時期区分と水田土壌中における重金属分布とは必ずしも一致しないと結論づけていることは十分首肯するに足るのである。
従つて<証拠>によつて認め得る所論のごとき扇状地の性質(準書その一、第一章第三の二(一))を根拠として、微地形的にみて氾濫堆積物が濃集し易い場所か否かの観察が不十分であるとか、用水と無関係な水田以外の土壌の重金属の分布が調査されていないとの理由にもとづき、甲第四三号証の報告書を非難する第一審被告代理人らの所論は到底採用できない。
(5) 土壌中カドミウム濃度とイ病有病率について(準書その一、第一章第三の二(二))
前示甲第四三号証(一〇頁)によれば、第一審被告代理人ら主張のとおり、「水田土壌中の重金属類とイ病有病率の分布は、牛ケ首用水の左岸と中神通右岸の一部を除いては比較的よく一致する傾向を示していた」と記載されているにもかかわらず同号証の添付図4(原判決添付第(三)図)と図7(同第(七)図)を対比すれば、大沢野地区もカドミウム濃度がきわめて高いのに有病率の低いこと、および右調査にあたつて試料の採取が三四個所にすぎないことが認められるのであるが、右図4と図7を対照すれば、右以外についてはカドミウム濃度の分布と有病率は一致していることが認められるのであつて、「一部を除いては比較的よく一致する傾向にある」と称することも首肯でき、その目的よりみて数量的正確性を厳密に要求されない疫学的調査としては試料の採取も右の程度で一応の目的を達し得るから、右調査の不備をとらえて「マヤカシ」であるという第一審被告代理人らの反論は失当である。
(6) 用水起始部と有病率の関係について(準書その一第一章第三の二(三))
<証拠>によれば、河川の懸濁物質は流速の低下するところに沈澱堆積するのが原則であることが認められるから、神通川を流下したカドミウム等も流速の低下する用水起始部に多く堆積したものと推認される。従つて用水起始部の部落にイ病の有病率が高いと認められるが、このことは用水起始部にカドミウムがより多く沈澱堆積していることを意味するものである。用水起始部とは幹線用水の取水口のみならず、支線用水の分岐部分はもとより新旧いずれもさすことはその用語自体より明らかであつて、不備やあいまいを包蔵している旨の第一審被告代理人らの反論は失当である。
(二) 住民検診、生活環境に関する調査考察について
(1) 血中アルカリフォスファターゼ値および血清無機燐値について(準書その一、第一章第三の三(二)、準書その二、第一章第二の一、(一))
(イ) 昭和三八年度イ病容疑者に対する同三九年度精密検診および対照地区住民に対する集団検診の各成績
<証拠>によれば、第一審被告代理人ら指摘のとおり、アルカリフォスファターゼ値の検査結果について平均値の比較によれば、対照地区たる太田地区の2.6に対し、大沢野町I群1.1、同町O群1.8で、太田地区の方が上昇率が高く、無機燐についても太田地区の2.8に対し大沢野町I群3.4、同町O群3.1で、太田地区の方が低下率が高い結果を示しているが、右はいずれも大沢野町のI群の数値を除外したためであつて対照地区との比較に一部の数値を用いることは無意味である。のみならず、<証拠>によつて認め得る昭和三九年度イ病発生地域住民のアルカリフォスファターゼ検査成績は平均値でI群4.7、i群3.1、O群2.1となつていること、<証拠>によつて認め得る同じく無機燐の検査成績は平均値でI群2.5、i群2.9、O群3.1の数値を示していることに徴すれば、同三七年より同三九年までの調査結果の要約中検血成績として本病患者および同容疑者は血清アルカリフォスファアターゼ値が高く、血清無機燐値は低い傾向がみられるとの認定(原判決引用)はなんらくつがえらないというべきである。
(ロ) 昭和四〇年度の精密検診および対照地区住民に対する集団検診の各成績
<証拠>によれば、対照地区として検査された入善町(女)、礪波市(女)同市(男)のアルカリフォスファターゼ値および血清無機燐の値は第一審被告代理人ら指摘のとおりであるが、昭和三九年度の検査による太田地区、大沢野町I群の数値と比較することは、検査時期を異にする数値を比較することに疑問なしとしないのみならず、イ病発生地域住民に対する同四〇年度の検査成績は前段認定(原判決引用)のとおりアルカリフォスファターゼ値がI、i、(i)群においてO群に比しやや高く、無機燐の値についてはI、i、(i)、O群間に有意差がない結果を示しており、同年度検査の対照地区とされた入善町(女)、礪波市(女)、同市(男)に比すれば、アルカリフォスファターゼ値について高値を示し、無機燐の値については低値を示していることが認められるのであつて、第一審被告代理人らの指摘の事実をもつては、前段の認定(原判決引用)を左右し得ないこと明らかである。
なお、この点に関し、第一審被告代理人らは対照地区健康者と比較されたイ病発生地域住民は全員がイ病患者、イ病容疑者、既往にイ病と診断された者であつて、これらの者と対照地区の健康者と比較するのは、比較の対象のとり方に根本的誤りがあるというが、右のような比較対照の考察をするのは疫学的にみた原因物質の探究のためであつて、I群をのぞいて比較したり、検査時期を異にする数値を対比して、対照地区の方がアルカリフォスファターゼ値上昇、無機燐低下の現象があるといつてみたところで、それは全く無意味な比較といううべきである。
(ハ) イ病発生地域住民のアルカリフォスファターゼ値、血清無機燐値について
<証拠>によれば、昭和三九年度同四〇年度の各検査成績がいずれも第一審被告代理人ら指摘のとおりであることが認められる。しかしながら、アルカリフォスファターゼ値については、同三九年度検査においてO群五七名中三名、同四〇年度検査においてO群五七名中一五名が異常値(3.0以上)を示しており、無機燐の値については同三九年度検査においてO群五六名中九名、同四〇年度検査においてはO群五五名中一〇名が異常値(2.0以下)を示しているのであつて、健康者中にイ病特有の所見を示す者が一、二名にとどまらないことよりみて、多数いるとの表現を非難する第一審被告代理人らの指摘は失当というべきである。
(なお、同三七年度のイ病容疑者に対する同三八年度の精密検診についての血清アルカリフォスファターゼ値、血清無機燐値についてO群の検査成績は発表されていないので、同年度に関しては、イ病の疑のないイ病発生地域住民にイ病特有の血液所見を呈する者が多数いるとの断定をなし得ないことは第一審被告代理人らの指摘のとおりであるが、同三九、四〇年度の上述の検査成績よりみて同三八年以前の分も同様に推認し得るから、右の指摘の点をもつては、前段の認定を左右するものではない)。
(2) 尿中蛋白、糖の陽性率について(準書その一第一章第三の三(三)、準書その二第一章第二の二)
第一審被告代理人らは尿蛋白、糖の出現がイ病の本来的な必発症状とはいえない旨主張し、イ病発生地域住民の尿蛋白、糖の陽性率は高いとはいい得ない旨抗争する。
ところで尿蛋白、糖の出現がイ病の本来的な必発症状といい得るか否かについては、これを積極に解するものであるが、この点は後に詳述することとし、ここではイ病発生地域住民の尿蛋白、糖の陽性率について考察する。
<証拠>に図示された昭和四二年度の調査にかかる尿蛋白陽性率および尿糖陽性率の男女別の患者発生地域、境界地、対照地区に関するグラフ(準書その一第一章第三の二(三)2(1)に図示)によれば、患者発生地域が境界地や対照地区よりも高いことが認められる。
<証拠>に図示された婦中町のグラフ(前同準書に図示)との対比により、前示甲第六七号証も婦中町のみの図示と認められるが、これが他の要因にもとづくか否かについては疑問があり、第一審被告代理人らの主張するようには即断しがたいところであつて(この点については後に詳述する)、右事実や<証拠>によつて認めうる農夫症としての蛋白尿、糖尿の存在をもつてしては、前記認定の本病発生地域に蛋白尿、糖尿の陽性率が高い旨の前記疫学調査の結果をくつがえし得ないこと明らかである。
尤も、<証拠>によれば、昭和四〇年度の精密検査の結果として、尿蛋白陰性者I群一一人中三人、i群八人中二人、(i)群一二人中四人、O群六〇人中五〇人、糖尿陰性者i群一人、i群二人、(i)群四人、O群四四人であることが報告されているにもかかわらず、<証拠>によつて認められるごとく同四二年度の住民検診からスクリーニング方法が変わり、原判決図示のごとき方法(原判決一二〇枚目裏の図示を引用)によることとなつたことが認められ、この点をとらえて第一審被告代理人らは必発症状でないものを必発症状と規定してスクリーニングした疫学調査は無意味である旨主張するが、前記認定の疫学調査の結果に徴すればその前提自体失当であつて採用のかぎりでない。
(3) アミノ酸尿について(準書その一、第一章第三の三(四))
<証拠>によれば、ビタミンD欠乏症の骨軟化症の場合にもアミノ酸尿がみられること、<証拠>によれば、ファンコニー症候群の場合にみられるアミノ酸尿の特徴は汎アミノ酸尿であることが認められることより、ファンコニー症候群であるか否かの診断に当たつては汎アミノ酸尿であるか否かの検査がなされるのが通常であるところ、後に詳述するとおり本病がファンコニー症候群に属することは他の面より確定できるのであるから、この点の調査が不備であるからといつて、前記疫学調査の効果を無視することは許されない。
(4) Ca/P比について(準書その一第一章第三の三(五))
<証拠>によれば、本病発生地域の住民の尿中Ca/P比が男女ともに対照地区や境界地の住民より高いこと明らかである(原判決一二二枚目裏の図を引用)。右調査の結果は婦中町に関するものであること、これが他の要因にもとづくか否かについては疑問があり、第一審被告代理人ら主張のように即断しがたいことは前記(2)において説示したのと同様である。
<証拠>によれば、成程第一審被告代理人らの指摘のとおりイ病患者の尿中カルシウム量は中川、豊田、多賀、村田ら各医師や、武内教授らの検査した症例においては、いずれも正常値の範囲にある(但し<証拠>によれば村田医師の初期の症例は減少と報告されている)ことが認められ、Ca/P比が高いからといつて、カルシウム、燐の尿中排泄量が必ずしも異常であるとは断定し得ないこと、第一審被告代理人ら指摘のとおりである。しかしながら、このことは原審証人石崎有信の証言(第二回)するごとく、一般的にみて「Ca/P比が高くなれば、カルシウムが割合たくさん尿にでることをあらわす」ともいい得ることよりみて、「尿中カルシウムと燐の比率Ca/Pは、本病発生地域の住民が対照地区住民に比し高い値を示し、尿中カルシウム量の多いことを示している」との前段の認定をくつがえすに足るものとは解し得ない。
(5) 尿中カドミウム排泄量について(準書その一第一章第三の三(六)、準書その二第一章第二の三)
<証拠>によつて認め得る昭和三九年一〇月の検査成績によれば、イ病発生地域患者および容疑者13.6r/e(二ないし三〇r/e)に対し、同地域健康者12.2r/e(二ないし二一r/e)で大差なく、同三八年一一月の検査成績(同号証一〇八頁)によれば、イ病発生地域患者および容疑者9.3r/e(三ないし二二r/e)に対し、対照地区健康者2.6r/e(一ないし四r/e)であつて、イ病発生地域における患者および容疑者と健康者間に有意の差は認められないのに、イ病発生地域患者および容疑者と対照地区健康者との間には著名な差が認められ、イ病発生地域住民の尿中カドミウム量が対照地区住民に比し高い事実よりみて、本病発生地域においてはカドミウムの汚染の事実を肯定する理由となし得ること明らかである。
前記認定事実によれば、イ病患者容疑者とも<証拠>によつて認め得る日本公衆衛生協会鑑別研究診断班のカドミウム汚染要観察地域住民の検診の基準たる三〇r/e(安全基準)をこえていないこと明らかであるけれども、右安全基準そのものが合理的根拠の明らかでないものであるのみならず、右基準をこえないからといつてカドミウムによる腎障害発生の根拠となし得ないものとも解し得ない。
なお、第一審被告代理人らは腎臓中のカドミウムの蓄積量が閾値をこえることが必要である旨主張し、閾値については必ずしも明白でないとしつつ、他のカドミウム汚染地域住民の尿中カドミウム排泄量が本病発生地域のそれと対比すれば、両者間に有意の差は認められないから、神通川流域住民の腎臓中に閾値をこえたカドミウムの蓄積のないこと明らかである旨主張する。
成程<証拠>によれば、他のカドミウム汚染地域たる確氷川等流域、鉛川流域、佐須川流域における尿中カドミウム濃度は昭和四四年度の平均値が第一審被告代理人ら主張のとおりであり(確氷川等流域13.5μg/e、鉛川流域6.6μg/e、佐須川流域9.1μg/e)、対照地区の平均値は5.0μg/e以下であること、ならびに右三地域の同四五年度の調査成績(平均値)が第一審被告代理人ら主張のとおり、確氷川等流域10.5μg/e、鉛川流域7.0μg/e、佐須川流域8.3μg/eであること(第二準書第一の四(二)別表一)が認められ、イ病患者と対比して有意の差のないこと所論指摘のとおりである。
ところで、本病の要因がカドミウムのみであるというのであれば、尿水カドミウム量の同程度の地域において本病が発生しないことは本病がカドミウムによるものでないとの結論に導くことはいうまでもないが、前段認定のごとく、従たる要因として他の因子の関与が考えられる本病においては、他の要因の作用にもとづきその間に差の生ずることはみやすき道理であり、他のカドミウム汚染地域において患者が発生しないことをもつてカドミウムに容疑なしとの結論を下す第一審被告代理人らの所論は早計であるというべきである。
(三) 栄養調査の不備欠陥を指摘する主張について(第二準書第二、準書その一、第一章第三の三(七))
<証拠>によれば、金沢医科大学長沢太郎教授、河野稔医師、富山県立中央病院多賀一郎医師、金沢大学梶川欽一郎教授、金沢大学放射線医学教室中川昭忠の研究発表につき、所論のとおりであり、富山県地方特殊病対策委員会のなした栄養関係についての疫学調査が第一審被告代理人ら主張のとおりであること、昭和三八年七月一四日の厚生省医療研究イ病研究委員会と文部省機関研究イ病研究班の合同検討会において決定された疫学調査方針に従つてなされた調査内容が第一審被告代理人ら指摘のとおりであつて、個人調査表のごときはその調査内容においても不十分であることが窺われるのである。
しかしながら本病の原因は他の疫学調査によりカドミウムが原因物質であることが判明しているのであるから、従たる因子にすぎない栄養関係について完全な調査がなされなかつたからといつて、本病に関する疫学調査が不十分であつたと称し得ないこというまでもない。
なお第一審被告代理人らは「富山県奇病論」「対症診療叢書第二、ホルモン療法、ビタミン療法、ヒスタミン療法」「各科専門診療医典下巻」を引用して、富山地方には古くから骨疾患が多発し、栄養その他の因子が古くから注目されていたから、これらの因子につき疫学調査の重要性が痛感される旨主張し、<証拠>によれば、第一審被告代理人らの引用にかかる右各著書にその主張のごとき記載のあることが認められる。
しかしながら「富山県奇病論」にいう「奇病」と本件イ病とはその病態が異なること、右奇病は本件イ病発生地域には発生していないことが、<証拠>よりみて明らかであつて、「富山県奇病論」にいう奇病と本件イ病とを同一視するがごとき第一審被告代理人らの所論は失当というべきである。
3第一審被告代理人らは
(1) 他のカドミウム汚染地域にイ病患者または慢性カドミウム中毒症を呈するものが発見されない。
(2) カドミウム取扱工場の作業者にイ病の発生をみていない。
(3) イ病の原因がカドミウムであるとするならば、性差、年令の偏向なく、老若男女に同様の傾向をもつて発生をみてよい筈であるが、かかる傾向は認められず、ごく限られた人にのみイ病が発生している。
右の諸点よりみて、カドミウムをイ病の原因と仮定する見解は基本的に成立しがたいと主張する(第一準書三、第二準書第一の四、準書その一第一章第五)。
(1) 他のカドミウム汚染地域について、
<証拠>によれば、東邦亜鉛株式会社安中製錬所、三菱金属鉱業株式会社細倉鉱業所、東邦亜鉛株式会社対州鉱業所の各事業内容、設備、操業の歴史が第一審被告代理人ら主張(第二準書第一の四(三))のとおりであることが認められ、右各製錬所、鉱業所と第一審被告会社神岡鉱業所の事業内容、設備、操業の歴史が大差のないことを肯認することができ、<証拠>によれば、安中製錬所は群馬県安中市に位置し、同製錬所の排水は碓氷川、柳瀬川に放流され、排煙が大気中に放出されていること、<証拠>によれば、細倉鉱業所は宮城県栗原郡鶯沢町に位置し、その排水は鉛川に入り二迫川に合流していること、<証拠>によれば、対州鉱業所は長崎県下県郡厳原町(対馬)に位置し、その排水は佐須川、椎根川に放流されていることがそれぞれ認められる。
しかしながら、右各製錬所、鉱業所の排水を放流する各河川流域を本件イ病発生地域たる神通川流域と対比するに、前段認定のとおり(原判決引用)本件イ病発生地域は扇状地を構成し、神通川を流下した廃滓等の沈澱堆積する地形であるうえ、神通川流域には神通川より取水する大小の用水路が四通八達し、しかも多数の住民の屋敷内まで右用水が引き入れられ飲料水や生活用水として使用されてきたのに対し、他のカドミウム汚染地域においてはそのような状況が認められないことに徴すれば、他のカドミウム汚染地域と本件イ病発生地域とは条件が全く異るものというべきであつて、他地域にイ病が発生しないことをもつて、本件イ病がカドミウムによるものでないと断定し得ないこと明らかである。
そして<証拠>によれば、厚生省のカドミウムによる環境汚染地域についての調査結果として、昭和四三年度の調査(同四四年三月二七日発表)、同四四年度の調査(同四五年七月七日発表)、同四五年度の調査(同四六年六月九日発表)の各内容につき、第一審被告代理人ら主張(第二準書第一の四(二)、(三)、別表一ないし三)のとおり認められ、右事実に徴すると、尿中カドミウム濃度については、鉛川、佐須川流域の住民の場合はイ病患者等と同等もしくは若干低いが、碓氷川流域住民の場合はむしろ高いこと、各河川の川泥中のカドミウム濃度は平均値において、他の河川が神通川よりも高いこと、水田土壌中のカドミウム濃度については、他の地域が高いこと、米中のカドミウム濃度についても、他地域と大差のないことがそれぞれ認められるのである。
しかしながら、前段認定のとおり(原判決引用)昭和三一年頃に神岡鉱業所の堆積場が完備された後カドミウムの流出は激減していることを勘案するならば、同三九年度調査にかかるイ病発生地域における調査の結果が他のカドミウム汚染地域よりも低いか、大差のないことをもつてしては、前段の認定をくつがえし本件イ病の原因物質がカドミウムでないとは解せられないこと多言を要しない。
(2) カドミウム取扱工場の作業者にイ病の発生をみていないとの点について(第二準書第一の二)
<証拠>によれば通常の大気中のカドミウム環境許容濃度は一m3当り0.1μg以下とされているのに、某工場一九六五年までの平均濃度一m3当り0.13mgという実例が慶応大学土屋健三郎教授によつて報告されていることが認められる。
この例にみられるごとく、カドミウム取扱工場の作業者が長期にわたり、かつ大量のカドミウムにさらされているため、外国においては腎障害より骨病変に至る例が少なからず報告されていることは、後述のとおり<証拠>により明らかである。
しかしながら、<証拠>によつて認め得る土屋健三郎教授の報告や、<証拠>によつて認められる富田国男医師の報告に徴すれば、わが国においてはカドミウム工場作業者に骨病変に至るような重篤な症例の報告はなく、第一審被告代理人らの主張のとおりカドミウム中毒症の発生は稀であるといわざるを得ないのであるが、カドミウムを取扱う工場の作業者が空気中のカドミウム粉塵或いはカドミウムフュームを長期間にわたつて呼吸すること(いわゆる経気道摂取)によつて発生する慢性カドミウム中毒と、水や米等の飲食物を通じてカドミウムを経口的に摂取した結果発生したとみられる本件イ病とが、その症状において異ることは当然というべく、前記の疫学的考察をまつまでもなく、右の点をもつてカドミウム説を否定する理由となし得ないこと明らかである。
(3) 性差年令の偏向なく老男老女にイ病の発生をみてよい筈であるのに、ごく限られた人にのみイ病が発生しているとの点について、
成程本件イ病が更年期をすぎた妊娠回数の多い居住歴ほぼ三〇年程度以上の婦人に多発しており、性差、年令に偏向のあることは第一審被告代理人ら指摘のとおりであるが、本病の発生原因としてカドミウムのほかに従たる因子として栄養摂取、妊娠、出産、授乳、内分泌の変調、老化等の因子を否定し得ないこと前記認定のとおりであつて、このことは病理面からの考察においてみたごとく、本件イ病の腎障害より骨病変へと発展する病理機序として説明が可能であることも既に説示したところで明らかというべく、この点に関する第一審被告代理人らの所論も失当というべきである。
三、臨床、病理、解剖学の見地よりの考察について
第一審被告代理人らは
(一) 第一審原告患者らについて骨病変に先んじて腎尿細管障害が起きていたと断定すべき根拠はない。
(二) イ病と慢性カドミウム中毒とは尿所見その他に共通しない点多く、骨病変を伴うか否かの点も異なる。
(三) イ病患者が人体に障害を生ぜしめる程度以上にカドミウムを摂取蓄積したか不明である。
右の諸点をあげ、イ病の原因がカドミウムにあるとの見解は臨床病理生理等の見地より承認を受け得ないものである旨主張する(第一準書四)から、以下右の諸点について逐次考察する。
(一) 骨病変に先んじて腎尿細管障害が起きていたかの点について、
まず、第一審被告代理人らは昭和三〇年代初頭の症例はいずれも腎障害というに値しないから、骨病変は腎障害の結果として第二次的に続発したものとは解せられないと主張する(準書その一第二の二(一))。
<証拠>によれば、第一審被告代理人ら指摘のとおりの臨床例があげられ、<証拠>によれば、病理面よりみた報告例が尿に異常のなかつたことを示していることは、第一審被告代理人ら所論のとおりであり、当審証人武内重五郎は第一審被告代理人らの右主張に照応する証言をなしているのである。
しかしながら、<証拠>によれば、荻野昇医師は、イ病患者の蛋白尿、糖尿の関係につき、中等症において蛋白尿を証明し、更に重症に至れば、糖尿を認めるに至り、七一名のイ病患者のうち蛋白尿、糖尿の発生率は八二パーセントである旨解答していること、<証拠>によれば、「ファンコニー症候群における尿糖は低濃度であることが多い上に、尿量が多くなる傾向が強いので、普通の臨床検査では見逃されるときが往々ある」とされていること、<証拠>によれば、ファンコニー症候群と診断されたものの中にも蛋白尿陰性の例(二〇例中一例)が存すること、<証拠>によれば、カドミウム中毒による蛋白尿は特殊の性質を有し発見しがたいこと、すなわちピクトリン酸法や煮沸法ではほとんど陰性かまたは軽度に白濁するにすぎないこと、<証拠>によれば、カドミウム中毒患者の排出する尿蛋白はズルホサルチル酸法や蛋白質の緩衝作用を利用したペーパー法では検出しにくく、トリクロル酢酸(TCA)法、三塩化醋酸法によつて定性定量を行なうとよいとされていることなどが認められ、これらの事実を綜合して考察するときは、第一審被告代理人ら指摘のように、昭和三〇年期のイ病患者の症例が蛋白尿、糖尿の陰性もしくは微量を示しているとしても、直ちに腎障害がとるに足らない程度のものであつたといい得るか否か疑わしいのみならず、むしろ荻野昇医師の指摘するように蛋白尿、糖尿を示す患者が八二パーセントも存在すること、カドミウム中毒による尿蛋白は特殊の性質を有し、特別の検査法を要することを強調するならば、第一審被告代理人らの主張はその前提たる事実において疑問なしとせず、蛋白尿の現われない場合は少くともカドミウムによる影響は否定されなければならないとの所論は到底採用できない。
却つて、<証拠>によれば、イ病患者の尿および血液検査の結果、多量のアミノ酸排泄が認められ、糖質についても時々一過性に陽性を示すものがあるほか、血中無機燐も低下していることが認められ、<証拠>によつて認められるファンコニー症候群の妥当と考えられる特徴は(1)低燐酸血症とそれに伴う骨変化(幼児ではくる病、成人では骨軟化症)(2)腎性汎アミノ酸尿(3)腎性糖尿とされていることを勘案するならば、昭和三〇年期にみられるイ病患者の腎障害についても、これをファンコニー症候群と解し得ないものでない。
この点に関して第一審被告代理人らは昭和三〇年期イ病患者にみられた軽度な機能変化をビタミンD欠乏によるものとして十分に矛盾なく説明し得られる旨主張する(準書その一第一章第二の二(二)1)。
<証拠>によれば、ビタミンD欠乏の場合も血中無機燐の低下、糖尿、アミノ酸尿の排出がみられ、ファンコニー症候群の症状を呈することがあることがしられているが、当審証人武内重五郎の証言によれば、ビタミンD欠乏による腎障害はビタミンDの投与により治癒することが認められるのみならず、本件イ病がビタミンD欠乏のみによつて生じたものと認めがたいことは、前段認定のごとき地域的限局性の説明が困難なることよりみて明らかというべく、ビタミンD欠乏説は到底採用の限りではない(この点は後に詳述する)。
次に同四〇年期にみられるきわめて特徴的な広範な尿細管障害はいかなる原因経緯によるものかとの点について、第一審被告代理人らはビタミンD過剰投与によるものである旨主張する(準書その一、第一章第二の二(二)2、4、5)。
<証拠>によれば、武内重五郎教授らは、昭和四〇年期のイ病患者の四症例について尿中蛋白、糖を認め、アミノ酸の尿中排泄増加や、腎機能検査では近位から遠位にまたがる広範な腎尿細管障害の存在が認められるとし、病態生理的にみてファンコニー症候群であると規定し得るであろうとしていることが認められ、一方<証拠>によれば、同四四年五月の検診においてなされたレ線ならびに血液の生化学検査の結果として、要観察者に対し予防的にビタミンD高単位長期投与が実施されたためにおこつたビタミンD過剰症と推定されるものが多数認められたこと、<証拠>によれば、同四四年五月三〇日のイタイイタイ病に関する医学研究会の合同討議で村田勇医師が、ビタミンD高単位療法を長期にわたり無計画に無思慮に行なわれた富山地区の現地点ではイタイイタイ病の鑑別診断が非常にむづかしくなつている旨強調したこと、<証拠>によれば、同四六年八月二八日のカドミウム中毒に関する学術研究会においても村田勇医師は、この点にふれて骨軟化症の治療のために行なわれたビタミンD高単位療法がイ病患者の臨床像をかなり修飾したと考えられる旨述べたことがそれぞれ認定できるのであるが、当審証人武内重五郎の証言によつて認められるビタミンD過剰患者の臨床症状には吐気、嘔吐、頭痛、精神的よくうつなどがみられることに鑑み、右のごとき症状の報告されたことにつき証拠のない本件イ病患者の同四〇年期の重篤な腎障害がことごとくビタミンD過剰症によるものとは到底認められず、村田勇医師の発表はイ病の鑑別診断にあたつてビタミンDの過剰投与による影響を無視し得ないことを強調したにすぎないものと解せられ、同四〇年期のイ病患者の重篤な腎障害をビタミンD過剰投与に帰せしめる第一審被告代理人らの主張は採用できない(なおこの点は後に詳述する)。
以上説示のごとく昭和三〇年期におけるイ病患者の腎障害もファンコニー症候群と認められ、これが次第に悪化して同四〇年期の近位から遠位にまたがる広範な腎尿細管障害を呈するに至つたものというにかたくないから、第一審被告代理人らの主張はその前提において失当であつて、骨病変に先んじて腎尿細管障害がおきていたとの前段の認定をくつがえすに足りないものといわねばならない。
なお、附言するに、第一審被告代理人らはファンコニー症候群の概念に関する藤田論文の解釈として、ファンコニー症候群は症例によつて軽度の腎機能低下しか示さない場合があつても不思議はないというのは腎臓病学を知らないものの甚しい誤りといえようと主張し、PSP、濃縮試験、GFR、RPF、FF等の検査を綜合して判断するのが腎機能検査の常識であるという。(準書その一第一章第二の四(六))
しかしながら、当審証人武内重五郎の証言によれば、PSPは異物排泄機能の測定をするもの、濃縮試験は遠位ネフロンの機能に関するもの、GFR(糸球体濾過値)RPF(腎血漿流量)FF(濾過率)は腎の血行動態に関する検査であつて主として血管系の障害の有無に関する検査であることが認められ、これを綜合的にみてもファンコニー症候群にあたるか否かの判断はもとより再吸収機能の低下の判断も正確にはなし得ないと解されるのみならず、<証拠>によれば、武内重五郎教授が昭和四〇年期の四名のイ病患者の腎障害をファンコニー症候群と考えるに至つた手がかりとしてあげているのは「非高糖性の糖尿」「低燐血症」「尿中アミノ酸定量」であることが認められ、武内教授の判断も第一審被告代理人らの主張するような検査法の綜合的判断でないことに鑑み、第一審被告代理人らの主張は理由なきものというべきである。
尤も第一審被告代理人らも藤田論文中の先天性ファンコニー症候群には骨軟化症を呈しながら蛋白尿陰性の例があることを認めつつ、このことを外因性のアァンコニー症候群のケースにあてはめることは許されないという。
しかしながら、前記認定のとおりファンコニー症候群における尿糖や慢性カドミウム中毒による蛋白尿は発見しがたいことを勘案するならば、尿検査の結果、蛋白尿、糖尿が陰性もしくは軽微であるからといつて直ちにファンコニー症候群にあたらないと断定し得ないこともちろんであつて、第一審被告代理人らの右主張は採用できない。
(二) イ病と慢性カドミウム中毒の尿所見その他の差異に関する主張について(第二準書第一の六(二)、準書その一、第一章第二の四(一)、(二))
(1) 尿所見について
<証拠>によれば、他のカドミウム汚染地域である群馬県安中地区等のカドミウム要観察地域における住民検診の精密検査においてその尿蛋白の電気泳動試験の結果が慢性カドミウム中毒症患者であるか否かの鑑別の重要な判断資料とされていることが認められる。
ところで、<証拠>によれば、カドミウム作業者およびイ病患者のデスク泳動法による分画像には本質的な差異が認められないのである。すなわち、<証拠>によつて認められるように、「デスク泳動像により診断法の一つとして尿細管の変化を通常の慢性腎炎によるアルブミン尿と区別することができ、カドミウム作業者とイ病患者の泳動像は両者とも比較的プロプリンの増加を示し、同じく尿細細管性と思われるが、その像とは異なるところがあるけれども、年令の相違や腎の変化を起こしている期間の差によつて同じ尿細管の変化でも程度によりデスク泳動像に相違を来たすかも知れないことから、像が異なることによつてイ病がカドミウムによる腎炎でないという証拠にならない」との土屋健三郎教授の見解に従えば、イ病患者と慢性カドミウム中毒者の尿所見において本質的な差異があるとは断定できない。
(2) 骨病変について
<証拠>によつて認められる被曝露蛋白尿陰性者と正常対照群との燐酸塩排泄指数(燐の尿細管における再吸収率を血清燐値で補正したものをいい、燐の再吸収率とほぼ同じ意味であることは<証拠>によつて明らかである。)の対比によれば、正常対照群の平均値(−)0.007に対し被曝露陰性者(+)0.041でほとんど有意差のないことが示されており、このことからカドミウム被曝露者においても蛋白尿が陰性であれば、尿細管燐再吸収率は正常であるということができ、血清燐の低下もあり得ず、骨軟化症の発生をみない結果となること第一審被告代理人ら指摘のとおりである。
ところで、<証拠>によれば、工場労働者の慢性カドミウム中毒症においては、必ず蛋白尿が出現すること、この蛋白尿は特殊な低分子蛋白尿であることがフリーバーグによつて発見され、多くの学者によつて承認されていることが認められ、工場労働者のカドミウム中毒症については蛋白尿が必発症状とされていること明らかである。
そしてカドミウム工場作業者について骨病変を生じた例がないかというに、<証拠>によれば、ニコーらの報告による六例(男二、女四)、ゲルベイらの報告による八例、アダムスらの報告による一例が紹介されており、その例は決して少いわけではない。
この点に関し、第一審被告代理人らはニコーら、およびゲルベイらの症例はいずれもカドミウムにより、ことに腎障害を起し骨軟化症を引起したものかきわめて疑問があると主張する(準書その一第一章第二の四(三))。しかしながら、<証拠>によつて認められるごとく、ニコーらの例もボンネルによつて第二次大戦と関連した栄養障害がなんらかの関係を有していたのではないかとみなされているにすぎず、栄養不良の点をあげるのはニコーら自身ではなくボンネルの推測にすぎないと解せられること、ゲルベイの例も鉛中毒が合併していたとしても<証拠>によつて認められるごとくその一部にすぎないと解せられていることよりみれば、第一審被告代理人ら主張のように断定し得ないのみならず、<証拠>によつて認め得るアダムスらは尿細管再吸収機能の重篤な全般的欠如から骨軟化症を惹起した一実例をあげていることに徴すれば、「外国文献における報告例から本病におけるような腎臓や骨の病変がカドミウムの慢性中毒によつて発現すると考える余地がないわけではない」とする原判決の見解はこれを肯認することができるのである。
のみならず、職場における汚染は局部的、一時的であるに反し、生活環境における汚染は全面的であり、常時であること、職場での汚染には吸入防止のための設備、器具(防塵マスク等)が準備されているほか、反復した検診によつて健康管理がなされ、汚染職場からの隔離の措置もとられていること、カドミウムを扱う労働者は男子が中心であることを勘案するならば、汚染の状況そのものも異なり、これを同一視し得ないこともちろんであるが、骨病変がおこり得るとの点についてはイ病も慢性カドミウム中毒も本質的には異ならないというべきである。
(3) カドミウム曝露終了後の腎障害の進行について
<証拠>によつて認められるごとく、アダムス、ピスカーター、ポツツらの論文にはカドミウムの曝露がやめば、腎障害は進行しない旨の説明がされていること第一審被告代理人ら指摘のとおりである。
しかしながら、当審証人武内重五郎の証言によつて認め得るボンネルの報告では、曝露から一年後の検査で尿蛋白陰性であつたものが、更に四年後の検査において初めて陽性となつていることが認められ、カドミウムの曝露よりはなれた後において腎障害が進行することを示していることが窺われるのであつて、第一審被告代理人らの指摘のようにカドミウムの曝露がやめば腎障害は進行しないことが定説となつているとは認めがたい。
要するに、第一審被告代理人らはカドミウムによる腎障害は曝露がやむか、軽減すれば進行しない点において本件イ病と差異があるかのごとく主張するが、当審証人武内重五郎の証言によつても認められるごとく、カドミウムによる障害で主要なものの一つである肺機能の低下を取りあげても曝露から離れたあとにおいて肺機能が低下荒廃した旨のボンネルの報告があることを勘案すれば、いかなる生理的機能障害といえども、加害行為が強くかつ継続的に加えられれば、加害行為がやんだ場合にも進行する場合が多いと考えられることよりみて、第一審被告代理人らの主張は採用できない。
(4) 尿中カドミウム量について
<証拠>によれば、スミスとケンチの発表にかかる「アルカリ蓄電池工場における酸化カドミウムダストに曝露されている作業者の尿中カドミウム量」(第四表)および「酸化カドミウムフユームに曝露されている作業者の尿中カドミウム量」(第六表)が第一審被告代理人ら主張のとおりであることが認められ、第四表によれば、調査例の最高四二〇r/lで二六人中一九人が五〇r/lを、二四人が三〇r/lをそれぞれこえていること、第六表によれば調査例の最高は二七〇r/lで、二一人中一五人が五〇r/lを、一八人が三〇r/lをそれぞれこえていることが認められる。
これに対し、<証拠>によつて認め得る石崎有信教授の昭和三八年度調査によるイ病患者九名の尿中カドミウム量の平均値は37.8r/日(第一審被告代理人ら主張のように一日尿を1.5rとして換算すれば、25.2r/l)、<証拠>によつて認め得る同教授の同四〇年度調査にかかるイ病患者四名の尿中カドミウム量の平均値は60.9r/日(前同様換算すれば、40.6r/l)であるから、カドミウム工場作業者の尿中カドミウム排泄量が本件イ病患者のそれより多い結果が現われている。
しかしながら、工場作業者の経気道摂取による尿中カドミウム量が経口摂取によるといわれるイ病患者のそれより多いのは、体内吸収率の相違よりみて当然というべく、このことをもつて本件イ病が慢性カドミウム中毒によるものでない証左であるとする第一審被告代理人らの所論は理由がない。
(三) イ病患者が人体に障害を生ぜしめる程度以上にカドミウムを摂取蓄積したか不明であるとの点について(第二準書第一の三、(一)、(二))、
第一審被告代理人らはカドミウムの経口摂取に関し量の問題を強調し、飲食物中の含有量および吸収率の著しく低い点よりみて毒性は否定さるべきであると主張する。
<証拠>によれば、食品に含有されるカドミウム量につき石崎有信教授らの調査の結果が第一審被告代理人らの指摘するとおりであること、<証拠>によれば同教授が「我々の経験した最もカドミウム濃度の高い米は四PPMのもち米であつた……これ以上の濃度になるような土壌条件では稲が登熟しない……」と述べていること、<証拠>によれば、神戸大学喜田村正次教授が「流水中に高濃度の重金属が絶えず流下しているようなことはない。」「飲食物中に含まれるカドミウムは有機カドミウムではなく、有機物のカドミウム塩であつて弱酸で容易にカドミウム塩を遊離するから、経口摂取した場合は無機カドミウム塩を投与したのと同様であり、その腸管からの吸収率は経気道摂取の場合と違つて著しく低い。」「理論値から計算した腸管吸収率は2.98%である。」旨述べていることがそれぞれ認められる。
そして、第一審被告代理人らは飲食物中のカドミウムを長年にわたつて摂取しても排泄も同時に行われるから体内の蓄積量は増加しないし、蓄積量が一定の限界をこえなければ発病しない旨主張する(第二準書第一の五(一))。
<証拠>によれば、イ病患者の肝臓および腎臓中のカドミウム量は次のとおりであることが認められる。
症例
1
2
3
4
対照群
(平均)
性
女
女
女
女
年令
七九
七一
六〇
七三
カドミウム量
(PPM)
肝臓
94.1
118.1
63.3
89.0
20.0
腎臓皮質
41.1
31.8
――
――
108.0
腎臓髄質
39.5
26.1
――
――
55.0
(同上区別なし)
――
――
19.8
――
――
備考
(腎臓の項記載なし)
右表によれば肝臓のカドミウム量は、イ病患者が63.3ないし118.1PPMであつて、対照群の平均二〇PPMに比べ、三ないし六倍の高さを示しているのに反し、腎臓のカドミウム量はむしろイ病患者が少い数値を示しているのであるが、これはイ病患者の腎臓は高濃度に蓄積された結果、カドミウムの含有附着した細胞が脱落しつづけ、そのためカドミウムも減少するに至つたとの第一審原告ら代理人らの見解(意見書第二回、第五の七)をもつて説明可能と解される。
この点について第一審被告代理人らは飲食物中に含まれるカドミウムの腸管吸収率は著しく低く、飲食物中に含まれるカドミウムを長年にわたつて採取しつづけても腎障害を生ぜしめるほど体内とくに腎臓で蓄積するとは考えられない旨反論する(準書その一第二の四(五))。
飲食物中に含まれるカドミウムは有機カドミウムでなく、有機カドミウム塩であつて体内に摂取されると有機物と無機カドミウム塩に容易に分離し、無機カドミウム塩の体内吸収率の著しく低いことは前示喜田村教授の報告によつて認め得るが、一方<証拠>によつて認められるごとく、金沢大学医学部衛生学講座田辺釧のラッテを用いての実験結果によると、カドミウムの臓器中の貯溜は肝臓および腎臓についてのみみられ、カドミウム一〇PPM以下の投与では蓄積傾は著向しく小さく、ことに肝臓中の量は上昇傾向が認められないけれども、腎臓にはごくわづかづつのカドミウムが与えられたときでも、蓄積されるもののようであり、五PPM投与群においても肝臓中の量は低い値で一定しているか、腎臓中の量は次第に上昇し、投与中止後も他の臓器に含まれていたものが移動して腎臓に集つたものらしくその量は上昇している。」と報告されていることに徴すれば、「入るのが同じであつても出るのが大部分の臓器については蓄積が曲線的になるに反し、腎臓や肝臓等排泄が一部分であると考えられる臓器においては蓄積も直線的になるものである。」との第一審原告ら代理人らの見解(意見書第二回第五の八)は是認し得るものというべく、第一審被告代理人らの右主張は採用できない。
以上の考察によれば、カドミウム含有量の少い飲食物より吸収率の著しく低いカドミウムを経口摂取した場合といえども、長年月にわたり継続的に摂取蓄積されれば、限界量を超過して臓器とくに腎臓に障害をおこすことを否定し得ないものというべく、カドミウムの毒性を否定さるべきであるとの第一審被告代理人らの主張は採用できない。
四動物実験について(第二準書第一の六(四)、準書その一第一章第六、準書その二第一章第四)
1医学的な原因究明のためになさるべき動物実験については、<証拠>によつて認め得るごとく喜田村正次教授の指摘する「現実に口からはいつたと思われるものとだいたいオーダーの等しい有毒物を経口投与してそれで症状を発現させる」ことや、<証拠>によつて認め得る武内重五郎教授が条件としてあげる「環境汚染として問題となりうる程度の量のカドミウムの経口的摂取により動物実験的にイ病を作成しうる」ことが必要とされるこというまでもない。
しかしながら法的因果関係の判断において動物実際の結果を利用するのは、疫学的因果関係により判明した原因物質で果して当該症状を発症する可能性があるか否かを確かめる意味を有するにすぎないものというべきである。
第一審被告代理人らの主張するごとく低濃度実験を長年月にわたつて継続することは医学上においてはともあれ、法的因果関係究明のためには必要と解せられないことは、動物実験利用の目的に徴し、明らかというべきである。
<証拠>によつて認められるように、石崎有信、松田悟、館正和、小林純らの短期高濃度実験をもつて実験動物にカルシウムの代謝異常や腎臓の変化のみならず、骨病変をも発見させることに成功した以上、「疫学の面からの考察」や、「臨床、病理学の面からの考察」によつて明らかになつた本病の原因物質がカドミウムであるとの結論が誤りのないことを実験病理の面から証明し得たものというべきであつて、これと同旨の原判決の見解は是認することができる。
尤も、<証拠>によれば、デッカー、アンワー、富田国男、広田昌利らの行つた低濃度実験では実験動物になんらの異常も生じなかつたことが認められるけれども、前記動物実験を法的因果関係の認定に利用する目的に照らせば、低濃度実験で異常の生じなかつた事実は、高濃度実験の意義を否定するものでないばかりか、両者は互いに矛盾し排斥し合う筋合のものでないと解すべきこと原判決説示のとおりである。
2第一審被告代理人らは質と量を無視した右の見解は論理と経験則を無視し採証の法則に目をつぶつた一方的な偏頗な事実認定である旨主張し、(一)可能性と量的な問題、(二)動物実験の方法、(三)高濃度実験と低濃度実験の差異について反論を展開するので、以下この点について逐次考察する。
(一) 可能性と量的な問題
<証拠>によれば、ルーミスおよび土屋健三郎教授が、中毒につき第一審被告代理人ら主張のとおり述べていること明らかであり、化学物質の有害、無害はその物質の量によつてきまるこというまでもなく、量を全く無視して単に可能性のみを論ずれば、結局あらゆる物質が有害の可能性をもつことになること多言を要しない。
しかしながら、化学物質の作用はその物質特有の作用があり、その作用を受ける生体によつても反応が異ることも明らかであつて、化学物質が数量如何によつてすべて同一作用をするといい得ないことももちろんである。それ故ある化学物質の作用を実験するためには量の問題をはなれて、作用の結果を検討する必要もあるわけである。従つてカドミウムの作用により人体に腎障害、骨病変が生ずるか否かということにつき、作用の点を重視して実験することが無意味であるとは解せられない。
(二) 動物実験の方法について
慢性的原因不明な疾病の原因究明のためには定量的試験によるべきことが望ましいことは、第一審被告代理人ら主張のとおりであるけれども、本件イ病に関しては既述のとおり疫学的考察および臨床病理面よりの考察によつて原因物質はカドミウムであるとの結論が指摘されているのであつて、右の結論に誤りがないか否かの検定を動物実験により確かめるにすぎないのである。従つて高濃度短期の実験によつても右の目的を達成し得る以上、右実験を無意義と称し得ないことも明らかである。
(三) 高濃度実験と低濃度実験の差異
第一審被告代理人らは高濃度実験の場合は蓄積限界の閾値をこえて生体に障害を与えるに反し、低濃度実験の場合には如何に長期摂取しても閾値に達せず、なんらの障害を惹起させないという。
しかしながら、高濃度、低濃度といつても相対的な概念であつて、その基準が不明であるのみならず、その化学物質の作用する生体の側の反応はその生体によつて異ること前記のとおりであるからには、第一審被告代理人らの見解は人間と動物との差異を全く無視し、同一であるかのように両者間に完全に数量的比例関係があることを前提として濃度の問題を論じているものであつてその前提自体失当である。
なお、第一審被告代理人らは高濃度実験の場合には、低濃度実験にみられない腸管障害という別の障害が生じているから、高濃度実験と低濃度実験とは質的に全く異ると主する。
成程、<証拠>によれば、岡山大学医学部整形外科教室前原毅は五〇PPMのカドミウムを投与した実験の結果から消化管障害がおこることを指摘していること第一審被告代理人ら主張のとおりであるけれども、<証拠>によつて認められるように、村田勇医師らは本件イ病患者もエンテロパチー(腸管の脂肪、骨塩および脂溶性ビタミンの吸収障碍)をおこしている旨発表していることよりみれば、高濃度実験で消化器障害がおこつたとの実験結果は、むしろ第一審原告ら代理人ら主張のカドミウムにより骨軟化症が発生するという見解を正当づけるものでこそあれ、第一審原告ら代理人らの主張と矛盾するものでない。
(四) 要するに、法的因果関係の認定に動物実験の結果を利用する目的が前記のとおりであるからには、高濃度実験といえどもその目的を達成するものということができ、イ病発生の臨床病理の結果をなんら証明したことにならないとの第一審被告代理人らの主張は失当というべきである。
なお<証拠>によつて認め得るルーミスの「要説中毒学」には、第一審被告代理人ら指摘のとおり、化学物質の毒性に関する動物実験の原則が掲げられているけれども、右原則が医学上の原因究明のための動物実験のそれを意味することは明らかであつて、本件において適用さるべき限りでなく、従つてまた、第一審被告代理人らの主張する低濃度実験こそ評価が与えらるべきであるとの主張も採用の限りでないこと多言を要しない。
(五) 個々の動物実験について(準書その二第一章第四)
(1) 館実験
第一審被告代理人らは骨障害発症の一例につき、カドミウム高濃度含有の飲料水摂取によつて腸管吸収障害が発生し、結局栄養摂取の不足ないし不均衡による骨粗しよう症の初期症状が発生したと考えるのが妥当であるという。
しかしながら、<証拠>の実験報告には実験動物に腸管吸収障害が発生したとの記載はなく、実験成績よりカドミウムの大量、長期間の経口投与は骨塩代謝異常を起すものと考えるとの記載よりみれば、館実験の報告は首肯さるべく、栄養摂取の不足ないし不均衡によるものとの第一審被告代理人らの見解は想像にもとづくものであつて到底採用の限りでない。
(2) 久保田実験
第一審被告代理人らは、本実験には骨症状に関し調査されていないので動物の骨症状は不明であるが、実験動物が水分をとらなくなつて死亡するに至つたと考えられ腸管吸収障害発生による栄養不足不均衡等が十分考えられる旨主張する。
<証拠>によれば、本実験は尿のゲル濾過パターンおよび腎の病理組織所見を検討するためになされたものであることが認められ、骨症状に関し調査されていないことは当然というべく、右<証拠>には実験動物が水分をとらなくなつたとの記載はないのみか、却つてカドミウムを含む飲料水を長期間飲用すればフアンコニー症候群になりその疾患特有の尿ゲル濾過パターンを示すようになることが明らかになつた旨記載されていることに徴すれば、栄養不足不均衡等が十分考えられる旨の第一審被告代理人らの見解は理由なきものというべきである。
(3) 村田実験
第一審被告代理人らは本実験におけるカドミウム投与はすべて高濃度であつたから飲料水のため体調を狂わせ、体重低下、栄養の不同化をきたし骨粗しよう症発現をきたしたのもいたと考える旨主張する。
しかしながら<証拠>によれば、本実験により動物にイ病患者と同じ症状が生じ、骨まで変化があらわれたことが認められるのであつて、第一審被告代理人らの主張は想像にすぎず失当といわねばならない。
(4) 田辺実験
第一審被告代理人らは本実験においても実験動物が水を飲まないから体力が衰え、高濃度実験そのものが母体である動物の健康を損つたものである旨主張する。
<証拠>によれば、本実験の目的は〔Ⅰ〕の実験はカドミウム五〇PPMを含む飲料水をラッテに与えて体内に蓄積されたカドミウムが排泄される状況を知るためであり、〔Ⅱ〕の実験はカドミウム五PPM、一〇PPM、二五PPMを含む飲料水を夫々ラッテに与え、体内の蓄積状況を知るとともに、投与中止後一定の間隔をおいてラッテを殺し臓器中のカドミウムの投与中止後の消長をも観察するためであり、〔Ⅲ〕の実験は老ラッテに三〇〇PPMのカドミウム水を与えてその反応をみるためになされたものであつて、右の目的を無視した第一審被告代理人らの主張は失当であるのみならず、実験動物が水を飲まないとの点は<証拠>に記載なく、右実験結果よりみて、高濃度実験そのものが母体を損つたとも解せられないから、第一審被告代理人らの右主張は採用できない。
(5) 前原実験
<証拠>によれば、前原毅のなしたカドミウムの長期投与がラット骨のカルシウム代謝におよぼす影響に関する実験が第一審被告代理人ら指摘のとおりであることが認められるけれども、右実験の結果をもつてカドミウムが本件イ病の原因物質であることを否定するものでないこと明らかである。
(6) 松田実験
第一審被告代理人らは実験動物は餌の悪いのも手伝つて死亡したのであるから、本実験により骨粗しよう症があらわれたのは、カドミウム摂取のためということができないと主張する。
しかしながら、<証拠>によつて認められるごとく、実験の結果骨の変化につき高カルシウム食のみでカドミウムを投与しないものには変化がみられないのに反し、高カルシウム食群でもカドミウムを多く投与した群には約半数に骨病変がみられ、低カルシウム食を投与した例では低カルシウムとカドミウムの作用とが重なつて強度の変化が骨にあらわれている旨報告されていることに徴すれば、第一審被告代理人らの右主張の理由なきこと明らかである。
(7) 石崎実験
第一審被告代理人らは、本実験の特色はビタミンD不足、日光不足、低カルシウム、蛋白質欠乏の条件下で行われたものであり、カドミウムを投与しなくとも五か月半に至らないで骨粗しよう症が発症するのは当然である旨主張する。
成程<証拠>によれば、第一審被告代理人ら指摘のとおり、本実験にあたり、カルシウムの少い準備食で予め一か月間飼育した後、実験食に移したこと、本実験の餌は低カルシウムを主眼としたこと、カドミウム投与群には塩化カドミウムを三〇〇PPMの割合で水道水に溶かして与えた(対照群には水道水のみを与えた)ことが認められるのである。
一方<証拠>によれば、本実験の目的は動物にカドミウムを投与することによつてイ病と同じ意味をもつ症状をおこさせることにあり、実験の結果カドミウム投与群においては、どの像にも骨粗しよう症といえる像がみられ、骨軟化症もおこつているといえる例が雌のみに二例あつたのに対し、対照群においては脱石灰の傾向はみられるが病的といえる所見のなかつたことが認められるのであつて、この原因はカドミウム以外には考えられないというべく、第一審被告代理人らの所論は失当というべきである。
なお第一審被告代理人らは、右石崎、松田の両実験で骨軟化症を発症させたか否か全く疑問であるというが、前記の各考察によつてみられるごとくこれを肯認し得られるから、右反論は理由がない。
(8) その他
<証拠>によつて認められるごとく、小林実験については腎所見についてはなんら報告なく、骨についても病変の報告なく、<証拠>によつて認められるごとく、朴実験についても腎機能に全く触れていないし、骨については単に大腿骨の異常を認めたというのみで診断されていないこと第一審被告代理人ら指摘のとおりであるが、それだからといつて右各実験の結果を本病原因の追及に意味なしとなし得ないこともちろんである。
なお、第一審被告代理人らは動物実験にあたり、ペアード・フイーデングなしにはカドミウム投与による骨障害発症の証明がなされない旨主張する。この点に関しては既に説示したところ(原判決引用)で明らかというべく、ペアード・フィーデングの方法がとられていないことをもつて、前記動物実験の結果を疑問視する第一審被告代理人らの主張は失当である。
以上説示のとおり、高濃度実験をもつて法的因果関係の認定に利用する意義は否定されないと解すべきであつて、右のごとく解することはなんら論理と経験則を無視するものでもなく、採証の法則に反するものでないこと多言を要しない。
五ビタミンD欠乏説について(第二準書第一の六(三)、準書その一第一章第四、準書その二第一章第三)
当審証人武内重五郎の証言に従えば、骨軟化症はその発病の機転から(1)ビタミンD欠乏性骨軟化症(2)腎性骨軟化症(3)副甲状腺機能充進骨軟化症(4)先天性低燐酸血性骨軟化症(原因不明)に分類される。
右のうち本件イ病が、(3)に当らないことは<証拠>によつて明らかであり、先天性的なものを疑わせる証拠は全くないから(4)が除かれることも明白といわねばならない。
そこで(1)と(2)が残るわけであるが、第一審被告代理人らは(1)のビタミンD欠乏性骨軟化症が疑われる十分の根拠がある旨反論するので、以下その根拠としてあげる点につき逐次考察する。
(一) ビタミンDの投与によつて骨軟化症の症状が治癒し、もしくは好転したとの主張について
<証拠>によれば、イ病患者にビタミンDを投与することによつて骨軟化症の症状が好転したことが認められるが、<証拠>を綜合すれば、クル病の治療に対するビタミンDの投与量は通常二、〇〇〇ないし六、〇〇〇単位とされているのに、その一〇倍以上の五万ないし一〇万単位のビタミンDがイ病患者に投与されたこと、<証拠>によれば、その投与をやめると症状が悪化することが指摘されていたことが認められ、イ病患者の骨軟化症はむしろビタミンD抵抗性骨軟化症のパターンに属するものと解するのが相当である。
第一審被告代理人らは河野、豊田、村田らはビタミンD欠乏性骨軟化症ということを念頭におきながらも、昭和三〇年当時の初期患者に最初から一日一〇万単位の大量投与で治療を開始したにすぎないというが、右の主張は医学の常識を無視するものであり、前記のようにビタミンD過剰投与が問題とされた経緯よりみるも、当初より通常量の一〇倍もの大量を理由もなく投与するということは考えられないことよりみて、通常量では効果があらわれないため逐次増量して一〇倍もの大量投与に至つたものと推測されるのである。
右の事実より考えると、イ病患者の骨軟化症はビタミンD欠乏性骨軟化症とは認められず、却つてその対立概念であるビタミンD抵抗性骨軟化症であると解するのが相当である。けだし、当審証人武内重五郎の証言により認められるように、ビタミンD欠乏性骨病変に伴う腎障害は通常量のビタミンDの投与によつて回復し早急に糖蛋白が出なくなるのに反し、本件にあらわれた全証拠によるも、昭和三〇年代のイ病患者の腎障害がビタミンD投与によつて回復したという報告は認められない。のみならず、右武内証人の証言によるも、富山県立中央病院における入院患者三〇余名中、ビタミンD投与によつて腎病変がよくなる傾向にあると指摘し得る患者は僅か一、二名にすぎず、それも蛋白尿が陽性から疑陽性となり、そのあとまた陽性に戻つたとか、糖尿が一時みられなくなつたことをさすにすぎず、ビタミンD欠乏性骨軟化症においては治療前の尿中カルシウム量は減少することが指摘されているのに反し、フアンコニー症候群においては増加する傾向を示しているところ、イ病患者を含む本件イ病発生地域住民が対照地区住民に比し尿中カルシウム量の多いことを示しているとみられること前記のとおりであるからには、本件イ病がビタミンD欠乏症とは異なること明らかというべきであるからである。
(二) イ病発生地域においてもくる病(ビタミンD不足によるものとされている)が多発し、若い住民に潜在的にくる病の素地があることを示しているとの主張について
第一審被告代理人らはこの点につきイ病の原因をビタミンD不足に求めることがいわゆるイ病発生の地域的限局性を説明し得ないとする見解に対する有力な反論の根拠となり得る旨主張する。
しかしながら、イ病発生地域においてビタミンD不足によるくる病や骨軟化症が多発したと認むべき証拠はない。尤も<証拠>によれば、イ病発生地域においてアンケート調査に対しくる病の家族ありと啓えているものが四パーセントあつたこと、<証拠>によれば、イ病発生地域の学童に比較的アルカリフォスファターゼ値の上昇率が高く、無機燐値が低く、カルシウム値は高い傾向にあることが、それぞれ認められる。しかしながら右の事実のみによつては、本件イ病発生地域においてくる病が多発していると解し得ないのみならず、ビタミンD不足により骨軟化症が発症するのであれば、更年期をすぎた老婦人を中心とするイ病患者より乳幼児にくる病が多発すべきであるのに、これが多発したと認むべき証拠のないことに徴するも、第一審被告代理人らの主張は理由なきものというべきである。
(三) イ病の発生が神通川流域に発生した患者に限るとせられる地域的限局性は行政が自ら与えた行政的地域的限局性にすぎないとの主張について
<証拠>によつて認められる神通川水系以外の地区の一例および八尾町黒田の一例がいずれもイ病患者と認定できるか否かは頗る疑問であつて、右各書証のみによつてはイ病患者と認定し得ないから、右の二例がイ病患者であることを前提とする第一審被告代理人らの主張は失当である。
(四) 臨床医や病理学者が栄養摂取不足によると指摘しているとの点について
<証拠>によれば、本件イ病発生地域の主婦の栄養摂取が劣つていた事実、成立に争のない乙第三号証の二(二六頁)によれば或るイ病患者に著しい偏食のあつたこと、イ病患者家庭の栄養調査の結果ビタミンDが不足し、かつ燐、カルシウムの比が適正でないこと、<証拠>によればイ病患者の家庭においては著しい脂肪、ビタミンD摂取不足の状況にあつたこと、<証拠>によれば、イ病患者の診断治療に当つた臨床医、病理学者の多くが栄養等の問題に注目していた事実が認められるのである。しかしながら、<証拠>によつて認め得るネゲーブ砂漠のベトウイン族の既婚女性が黒ベールをまとい日光にふれないためビタミンD不足となつた事例が報告されているが、このような特段の事情の認められない本件イ病患者がビタミンD欠乏症にかかつたとは断じ得ないところである。けだし<証拠>によつて認められるように、人体に必要とされるビタミンDは太陽光線(とくに紫外線)を皮膚に受けることでプロビタミンDをビタミンDに転化させて補われるのであるから、日の出より日没まで日光をあびて働いてきた本件イ病発生地域の農村婦人にビタミンDが不足するということは考えられないからである。すなわち<証拠>によつて認められるごとく野良で働いているうちに痛みがきて、そのうちにあひる様の独自の歩き方をするに至り、遂に動けなくなるようになる本病発症の経過よりみても、日照不足が原因となつてビタミンD不足をきたすものとは到底解し得られないのである。
尤も、<証拠>によれば、冬期日光なかんずく紫外線に不足をきたす地方では身体内のビタミンDの発生を少なからず阻止することが認められるが、冬期日照時間の少ないことは本件イ病発生地域のみでなく、日本海側の各地に共通にみられるところであつて本件イ病発生地域に特有の事情と認められないこというまでもない。
なお、<証拠>によれば、くる病の発生した氷見地方においても農業を主とすることが認められるけれども、くる病は山間部の日光照射の少ない土地できわめて採光不十分な設備の家屋に居住していたために発生したものと認むべきこと右<証拠>よりみて明らかであつて本件イ病発生地域とその地理的条件を異にするものというべく、<証拠>によつては前記認定をくつがえし得ないものといわねばならない。
以上の考察のとおり、第一審被告代理人らの主張するビタミンD欠乏説はその根拠としてあげる事実においていずれも理由なく根拠となし得ないものであるからには、到底採用し得ないものであるこというまでもない。
六その他の問題点について
1神通川流域の井戸水について(準書その二、第二章第一の一(二))
(一) 井戸水の性質
第一審被告代理人らは神通川流域の井戸水にはカドミウムは検出されなかつた旨主張し、地下水は汚染されていないという。
<証拠>の表2井戸水中の重金属分析成績が、第一審被告代理人ら主張のとおリカドミウム不検出の結果を示していることは明らかであり、原審証人石崎有信の証言(第二回)によれば、昭和四〇年の調査の際婦中町十五丁の部落の一軒の井戸水に0.002PPMのカドミウムを検出したのみであることが認められるのであるが、一方<証拠>によれば、日本公衆衛生イタイイタイ病研究班による同四二年度の地下水流動状況調査の結果は神通川左岸では婦中町横野付近から流入して十五丁→地角→清満島→下井沢に至る強い地下水流と、土渕から流入して蔵島へ向う地下満流が認められ、右岸では大左野町神通付近と富山市新保付近に神通川から流入する地下水流が認められ、本病有病率の高い地区は強い地下水流の経路にほぼ一致していたことが認められる。
のみならず、原審証人深井三郎の証言によつて認められるごとく、浅井戸は自由面地下水を水源とし、砂礫層に掘られた井戸(四メートルから七メートル)がほとんどであり、水田からの水もまた自由面地下水の涵養源となることを勘案するならば、第一審被告代理人らの主張するように「河川水が浮遊物を混えても地層で濾過されてしまうので、地下水が汚染されるものでない」とは断じ得ない。
(二) 井戸水の涸渇について
第一審被告代理人らは神通川流域の井戸水は涸れたことがない旨主張する。
成程、<証拠>には、婦中町の井戸は全般的に地下水が浅く良質の水に恵まれている旨、<証拠>には湿田砂質礫質土は熊野、速星地域に分布がみられ、地下水位は全般に高く一メートル以内に現れることが多い旨、<証拠>には井田川扇状地の扇端部は泉となつて地表面へわき出す湧水帯となつている旨が夫々記載されているのであるが、一方、原審証人深井三郎の証言によれば、井戸涸れは河川水の流量の減少と水田の直上からの浸透不足が原因で晩秋から冬にかけておこるのが神通川流域扇状地の一般的傾向であることが認められる。
そして<証拠>によつて認め得る昭和四二年度の調査にあたり本病発生地域の一三九戸について生活用水使用状況聞取り調査の結果は、同一二年頃を中心にして打込み、手掘り井戸(深さ四〜七メートル)が掘られたが、一二月ないし二月頃の渇水期に井戸が涸れた場合には川水を使用したこと、同三〇年頃から自家水道が普及し井戸が涸渇せぬよう追掘りが行なわれ、川水の使用から完全に脱却したが、追掘りをしなかつた浅い井戸は今でも涸れることがあり、その場合には川水を使用する家庭が二戸あつたことに徴すれば、本件イ病発生地域の住民が同三〇年以前においては、井戸涸れのため川水を生活用水として使用したことは明らかであつて、井戸涸れはなかつた旨の第一審被告代理人らの主張は失当といわねばならない。
2杉の木年輪論について(準書その二第二章第一の二(一))
<証拠>によれば、石崎教授の所説は杉の木の発育障害は亜鉛およびカドミウムの影響であるということが認められ、一方<証拠>によれば、本吉実験による杉の木の年輪巾とカドミウム濃度とに相関関係の認められないことは、第一審被告代理人ら指摘のとおりである。
そこで右両者の見解を対比して考察するに、本吉実験による反対の結果がある以上、石崎教授の所説をもつて本病発生地域の樹木全部に及ぼすことはできないけれども、前記のごとき疫学の目的に徴するに、その一方法として考案された石崎教授の所説が全例につき年輪巾とカドミウムの相関関係を示さなければそのように解せられないという筋合のものでもないことを勘案すれば、石崎教授の所説のごとき杉の木に亜鉛およびカドミウムの悪影響が認られるものがあつたという事実よりみて、本病発生地域の地下水に杉の木の発育を阻害する程度の濃度の亜鉛およびカドミウムが含まれるものがあつたと認めた原判決の見解も是認できるのであつて、第一審被告代理人らの反論は採用できない。
3農業被害について(準書その一、第二章第三、準書その二、第二章第二)
第一審被告代理人らは、昔から神通川流域水田には水口附近を中心とする水稲の生育阻害が発生していて、原因は神通川水系河川の冷水温と上流から流下する肥効劣性の土砂の流入であるといわれている旨主張する。
神通川流域の富山県上新川、婦負両郡の農村地帯が古くから冷水害や肥効劣性土砂(崩壊土砂)の流入による被害を受けてきたことを全く否定することはできないが、右は同県下の神通川以外の主要河川流域にみるのと大差ない程度のものと考えられ、神通川流域に特有の稲作減収はむしろ第一審被告会社神岡鉱業所から高原川に放流された廃水等によるところがより大きいと認めざるを得ないことは前記認定(原判決引用)のとおりであつて、第一審被告代理人らの提出にかかる乙号各証によつても右認定を左右しがたいのであるが、そのうちの主な論点について、更に詳細に説示することとする。
(一)冷水による農被害
元来稲の生育、収量は水温水量に大きく影響され、冷水による稲の被害率は水温の高低と灌水量の大小に関与しこの二つの要素を組合せた冷却量の如何によることは、<証拠>によつて明らかである。
そこで神通川流域の土壌と水田における灌水方法について考察するに、<証拠>によれば、神通川流域の水田が三〇ないし一〇〇センチメートル下層は通常砂礫土壌であること、水田土壌の漏水性が大なるため、その灌水に掛け流し方式が行われてきたことが認められる。
ところで右認定のように、三〇ないし一〇〇センチメートルもの作土があれば、稲作には十分というべきであり、掛け流し方式の結果低温の水が絶えず水田をめぐることとなるけれども、<証拠>によつて認め得る、低水温が生育時期や昼夜の別によつては、却つて好影響を与える場合があるとの記載よりみても、掛け流しを一概に悪いとも解し得ない。
なお、<証拠>によれば、富山県農業試験場が昭和四四年五月七日に、同四三年度産米一七〇点中八八点につき原子吸光光度計によつて検玄米のカドミウム量を検査したところ、水口、中央、水尻の差がなく、最高1.1PPM、最低0.1PPM、平均0.6PPMであつたと発表した旨の新聞報道のなされていることが認められる。しかしながら、同号証によつても認められるように、長い間に水田がかきまぜられ平均化したものとみられることに徴し、稲の生育阻害がカドミウムと関係のないことを示す重要な事実であるとの第一審被告代理人らの主張は失当である。
(二) 土砂の水田への流入
<証拠>によれば、焼岳を中心とする火山体の崩壊をはじめ、古生層山地の山腹崩壊、渓岸の崩壊により神通川に土砂が流下したことが認められ、そのため神岡鉱業所の所在地より上の流水田においても砂溜を作つていたことは、<証拠>に徴し明らかである。
しかしながら、鉱毒流下のときには河水は白つぽい米のとぎ汁のような色を呈することは、<証拠>によつても明らかであつて、崩壊土砂が流下する色とは異つており、崩壊土砂の流下の事実をもつて、前記認定の鉱毒(カドミウム)流下の事実をくつがえし得ないことはいうまでもない。
(三) 稲作減少
(1) 洪水と旱魃について
<証拠>によれば、神通川に洪水の被害が少なからずあつたこと、<証拠>によれば、神通川流域には例年旱魃のおこることがそれぞれ認められるのであるが、洪水および旱魃は本件イ病発生地域のみに特有の現象ではなく、洪水および旱魃による被害があつたことをもつて、前記認定の鉱毒による被害の事実を左右し得ないこというまでもない。
(2) 労働力不足と肥料等の不足
<証拠>によれば、日中戦争勃発から終戦時まで農村における労働力および肥料等の不足が甚しかつたことが認められるけれども、この点も本件イ病発生地域のみに特有の現象ではないから、右事実をもつて前記認定をくつがえし得ないこともちろんである。
(3) 水田土壌中のカドミウム濃度および稲の被害とイ病発生率との相関性不存在について
既に疫学的考察についての第一審被告代理人らの反論に対して説示したごとく、水田カドミウム濃度の調査の結果は概ね水口に多く、水尻に少ない傾向を示しているのであつて、水田土壌中のカドミウム濃度の相関性が認められないという第一審被告代理人らの反論は失当である。
のみならず、稲の被害とイ病の発生率についても、<証拠>の図4と図7とを比較対照すれば、本病発生率と水田土壌中のカドミウム濃度の相関関係の存在も明らかというべく、この点に関する第一審被告代理人らの主張は失当であつて採用の限りでない。
4漁業被害について(準書その一、第二章第二の三、準書その二、第二章第三)
第一審被告代理人らは、第一審原告ら代理人ら主張のように、高濃度カドミウムが神通川を常に流下していたとすれば、魚族は全滅する筈であるが、年々鮎の放流、人工孵化、豊漁が報ぜられ、魚族は依然として生育棲息したことは厳然たる事実で、この事実こそ、却つて神岡鉱業所から高濃度カドミウムが流出しなかつたことを如実に物語るものであると主張する。
<証拠>によれば、第一審被告代理人ら主張のように年々鱒、鮎等の豊漁が新聞に報道されたことが認められるのであるが、弁論の全趣旨より認められるように、神岡鉱業所より鉱滓等の放流による高濃度のカドミウムが間断なく神通川を流下したわけのものではないから、鮎等の魚類が神通川に棲息したことは当然であつて、魚類棲息の事実をもつて鉱毒流下の事実なしとなし得ないこと明らかである。神通川に棲息する魚類が年々減少してきたことについては、第一審被告代理人らも争わないところであるが、右のような魚類の減少は、<証拠>によれば低温および洪水もその一因であること、同じく<証拠>によれば、化学工場の排水もその一因であること、同じく<証拠>によれば、発電所堰堤設置もその一因であること、同じく<証拠>によれば、焼岳爆発による降灰もその一因であること、同じく<証拠>の二によれば、山崩れもその一因であることがそれぞれ窺えるのであつて、以上の諸原因をもつても魚類が斃死し減少したというべきであるが、それだからといつて魚類の減少がカドミウムの流下によることを否定すべきではなく、右のごとき第一審被告代理人ら主張事実をもつては前記認定をくつがえすことはできない。
5ビタミンD過剰投与について(第一準書六、準書その一、第一章第二の四(七)、準書その二、第一章第二の四)
第一審被唐代理人らはイ病発生地域において、昭和三〇年以来イ病患者を含む一部地域住民に治療或いは予防のために高単位のビタミンDがきわめて大量に用いられた事実があるので、その影響がイ病患者等の腎機能障害の面にまで及んでいたであろうことは容易に推認し得られる旨主張する。
イ病患者の治療のためにビタミンD高単位療法が効果的として用いられたこと、イ病患者のみならず要観察者にもビタミンDが投与されたことは、<証拠>によつて認められる。
ところで、第一審被告代理人らはイ病患者の中には、高カルシウム血症を伴つたビタミンD中毒患者もおり、剖検で骨にビタミンD中毒の骨硬化像があらわれたもの、或いは肺に石灰沈着をきたしたものもあり、ビタミンD中毒の存在は確固たる事実である旨主張する。
そして、金沢大学で検査を受けた四症例につき、多尿、尿中カルシウムの排泄大というビタミンD過剰症の一般的症状のほか、尿沈査(赤血球、白血球、上皮細胞、硝子状円柱、顆粒円柱)他のビタミンD中毒の尿所見と一致することをあげ、ビタミンD中毒によるものである可能性が強いという。
前述のごとく武内重五郎教授の右の点を前提としてイ病の病理機序についての見解を改めるに至つたことは、同人の当審における証言に徴し明らかである。
そこで右四症例のイ病患者がビタミンD中毒症であつたといい得るか否かについて検討する。
(1) 多尿
<証拠>によれば、ビタミンD過剰症による多尿症の頻度につき、13.6%ないし28.5%であること、とくに多尿を主訴とするほど顕著なものでなく、それほど発生頻度は高くないことが認められ、これをもつてビタミンD過剰症の特徴的証拠となし得ない。<証拠>によつて認められるように、フアンコニー症候群において多尿が報告されていることに徴すれば、フアンコニー症候群と診断された四名の患者に多尿がみられたことは当然であつて、これをもつてビタミンD過剰症とはいい得ない。
(2) 尿中カルシウム排泄量増大
尿中カルシウム排泄の大となるのはビタミンD過剰症の場合のみではなく、フアンコニー症候群の場合も同様であること、<証拠>によつても明らかであつて、これをもつてビタミンD過剰症の証拠とはいえないこと明らかである。
(3) 尿沈査
尿沈査は<証拠>によれば、カドミウム環境汚染地域住民健康調査方式第三次検診にとり入れられた検査であることが認められ、腎障害があるときに沈査のふえることから腎障害の程度を調べる方法であつて、尿沈査が多いことをもつてビタミンD過剰症の証明となし得ないことも明らかである。
却つて、<証拠>によれば、ビタミンD過剰症の症状として「頑固な食欲不振、不機嫌、便秘、嘔吐」が報告されていることが認められるにもかかわらず、本件イ病患者の四症例につき、右のごとき症状はなんら報告されていないこと前記認定のとおりである。
のみならず、<証拠>によれば、ビタミンD大量投与による影響がある場合は、高カルシウム血症がきわめて高い割合であらわれることが認められるのであつて、<証拠>によつて認められるごとく、ビタミンD過剰症の中毒作用は高カルシウム血症のため生ずるとするのが一般的とされているところ、<証拠>によれば、昭和四〇年に検査したイ病患者の四症例の血清カルシウム値が全員4.1ないし4.6mEq/l(<証拠>によつて認められるように1mEq/l×2.0=mg/dlであるから、換算すると8.2ないし9.2mg/dlとなる)という低値であつた(一一mg/dl以上が陽性とされていることは<証拠>により認められる)ことよりみれば、右の四症例がビタミンD中毒症であつたとは到底考えられない。
この点に関して、第一審被告代理人らは、ビタミンD中毒による腎病変の機序として、血清カルシウムが上昇し腎に石灰沈着がおこり遂には尿毒症に至るもののほか、血清カルシウムの上昇を介さずに尿細管へ直接作用するものがある旨主張し、カルシウムの供給が十分でない離乳児や老人等においては高カルシウム血症をおこしていないという。しかしながら、<証拠>によるもイエントは第一審被告代理人らの指摘するように高カルシウム血症を生じないでビタミンD中毒になるとは述べておらず、わづかな高カルシウム血症も重篤な中毒および非可逆的な腎障害に結びつくこともある旨述べているにすぎないのであつて、<証拠>の右の部分をもつて前記認定(ビタミンD過剰症の中毒作用は高カルシウム血症のため生ずるとするのが一般的とされているとの認定)をくつがえすに足るものとは解せられない。
のみならず、<証拠>によつて認められるごとくビタミンDの大量投与によつて腎臓が影響を受けた場合、腎臓に石灰沈着の所見がみられるところ、<証拠>によるも、四症例のイ病患者の腎生検において、一人としてその腎臓に石灰の転移沈着があつたとは認められないのである。
この点に関し、第一審被告代理人らは骨以外の軟部組織に対する石灰沈着に関する最近の見解は、ビタミンDが組織を直接傷害し高カルシウム血症がある場合に、その傷害部位に石灰の沈着がおきるものと解されている旨主張し、血清カルシウムが上昇しない場合は傷害された組織は石灰沈着をきたさないのは当然である。また一度生じた石灰沈着が消失したとも考えられるという。
ビタミンD過剰症の場合に高カルシウム血症が生ずることが一般的とされていること前記認定のとおりであるからには、第一審被告代理人らの右見解に従つても高カルシウム血症が生じたときには石灰沈着も必ずみられることとなる筋合であるから、石灰沈着がみられない場合にビタミンD過剰症と解し得ないこともいうまでもない。
以上考察のとおり、金沢大学で検査された昭和四〇年期の症例がいずれもビタミンD過剰症と解されないことは明らかといわねばならない(この意味において武内教授の改説はその前提において賛同しがたく、にわかに同調し得ないものがあるといわねばならない)。
6因果関係の競合について(準書その一第四章三)
第一審被告代理人らは、仮定的に本件イ病患者を含むイ病発生地域の住民には、栄養、気候、労働条件等について特別事情や、多産、妊娠、出産等にもとづく、カルシウム喪失、老年性ないし更年期性骨粗しよう症、日照不足、運動不足、ビタミンD欠乏等の原因も競合してイ病が発生したものであると主張し、原判決認定のいわゆる補助的因子をも競合原因として援用するという。
本件イ病の発生原因については、当裁判所も原判決と同じくカドミウムを主因とし、妊娠、出産、授乳、栄養摂取不足、内分泌の変調、老化等の従たる因子の関与を必要と解するものであつて、この点については既に説示したとおり(原判決引用)であるが、気候、労働条件については本件イ病発生地域に特有の事情とは解せられないのみならず、日照不足、ビタミンD欠乏については、これを認められないことも前記説示のとおりである。
ところで鉱業法一一三条の規定は、不法行為に関する民法七二二条二項所定の過失相殺と本質を同じくし、公平の原則にもとづくものであることは、第一審被告代理人ら指摘のとおりである。民法七二二条二項が、「被害者に過失ありたるときは」と規定しているのに対し、鉱業法一一三条は「被害者の責に帰すべき事由があつたときは、」と規定している所以は、鉱業法一〇九条が無過失責任の原則に立脚するのに対応し、被害者側の事情についても鉱害発生に関し過失があつた場合に限らず、これをよりゆるやかに解して賠償の責任および範囲を定める斟酌事由としたものと解されるからである。
しかしながら、前記の妊娠、出産、授乳、栄養摂取不足、内分泌の変調、老化等の従たる因子は、本件イ病発生に必要とされるものではあるが、これらの因子をもつて被害者の責に帰すべき事由ありとは到底解し得ない。けだし、妊娠、出産、授乳等は人間の本能にもとづく行為であり、栄養摂取不足、内分泌変調、老化等についても人体の生理作用によるものであつて、主たる因子であるカドミウムの作用がなければ、イ病の発生をみないことはいうまでもないからである。
第一審被告代理人らは被害者の一身上の事由であつても、損害発生の原因となつている限り鉱業法一一三条の適用があると解すべきである旨主張するが、人間の本能的な行為や人体にとつて選択の許されない生理作用によるものについては、何人においてもさけ得ないところであつて、これを目して同法条にいう責に帰すべき事由と解し得ないことは多言を要しないところであり、第一審被告代理人らの右主張は人間の生存の実態を甚だしく無視するものといわざるを得ない。
要するに、原判決認定の補助的因子については、鉱業法一一三条の被害者の責に帰すべき事由とは認められないから、損害賠償の責任および範囲を定めるにつき斟酌すべき限りではなく、これを斟酌しなかつた原判決の見解は相当であつて誤りと称し得ないこというまでもない。
以上説示のとおり因果関係に関する第一審被告代理人らの反論はいずれも理由なく、原判決が「要約および因果関係についての結論」として摘示するところはすべてこれを肯認し得るから、原判決二〇七枚目裏二行目より二一四枚目表一行目までをここに引用する。
従つて、第一審被告会社神岡鉱業所がカドミウムを含む廃水等を神通川の上流たる高原川に放流した行為と、本件イ病罹患による第一審原告患者らの損害との間には、相当因果関係があるものというべきであり、イ病発病の補助的因子たる妊娠、出産、授乳、栄養不足、内分泌の変調、老化等は第一審原告患者らの責に帰すべき事由とは認められないから、損害賠償の責任および範囲を定めるにつき斟酌事由と解し得ないこというまでもない。
第五第一審被告会社の責任について
第一審被告会社が原判決添付鉱業権目録記載のとおり、昭和二五年五月一日同目録記載の鉱業権を譲受け、これにもとづいて神岡鉱業所で鉛鉱、亜鉛鉱等の掘採、選鉱、製錬を行つているものであることは当事者間に争なく、同鉱業所から操業過程において生ずるカドミウム、鉛、亜鉛等の重金属類を含有する廃水、廃滓等および同過程において発生し堆積された鉱滓から浸出する前同様の廃水等が神通川上流の高原川へ特に大正時代より昭和二〇年代に至るまで相当長期間放流されていたと推認され、疫学面からの考察、臨床および病理学の面からの考察や動物実験の結果から、第一審被告会社神岡鉱業所の放流したカドミウムと本件イ病の発生との間に相当因果関係が肯認され、これに対する第一審被告代理人らの反論はいずれも理由のないことは既に検討したとおりである。
そして鉱業法一〇九条一項所定の廃水および放流の解釈については原判決と同一見解であるから、原判決の説示(二一四枚目裏一行目より二一五枚目表五行目まで)をここに引用するが、第一審被告会社神岡鉱業所の廃水等を放流した行為が鉱業法一〇九条一項所定の「坑水若しくは廃水の放流」にあたること明らかというべきである。
従つて第一審被告会社はカドミウム等を含む廃水等を放流した結果、本件イ病を発生させて他人に損害を蒙らせたものであるから、鉱業法一〇九条一項により損害発生当時の鉱業権者として賠償責任あるものというべきであるのみならず、右譲受けの日の昭和二五年五月一日以前に発生した損害についても、鉱業法一〇九条三項により従前の鉱業権者と連帯してその損害を賠償する義務を負うべきである。
第六損害
一、第一審被告会社神岡鉱業所の放流した廃水、廃滓に含まれたカドミウムにより第一審原告患者らはイ病に罹患したと認むべきこと前段認定のとおりであるが、その結果第一審原告患者らの蒙つた損害について考察する。
第一審原告患者らに共通する事情としては前記認定(原判決引用)のとおりであるが、更にこれをまとめてあげると、次のようになる。
1本病の自覚症状としてまず、大腿痛、腰痛などから始まり、次第に身体の各部位にわたつて体動に伴う疼痛がおこり、一〇年以上にわたる緩慢な経過の後、捻挫や挫傷等を契機として突然歩行障害をおこし、臥床状態になると症状が急激に悪化し、わずかの外力で病的骨折をおこし、骨格変形がすすみ、坐位でうずくまつたままであつたり、下肢をつり上げたりしなければならなくなり、昼夜を分かたぬ激痛のため睡眠は妨げられ、呼吸運動は制限され、わずかな体動にも「痛い痛い」と訴える。極度の運動不足から食欲は失われ、全身的衰弱が進行し、栄養失調状態となつて簡単な余病の併発で死亡した者もある(原判決理由第三の二(四)(1))。
2本病についてその本態が不明であつたため、特別の治療方法もなく、鎮痛等の対症療法がとられたにすぎず、患者もまた本疾患に冒されるとあきらめて死を待つか、恐怖と絶望のうちに死んでいくか、いずれにせよ悲惨な状況にあること(原判決理由第三の一(一)(4))。
3本病患者の多くは農家の主婦として農作業に従事していたものであるが(原判決理由第三の一(三)(9))、前記の症状および経過を伴う本病にかかつたため農作業等農家の主婦の務めを十分に果すことができず、妻や母としての役割りをも果し得なかつたであろうことはたやすく推認されること。
4本病患者の腎障害は、現在に至るもなお治療法が確立しておらず、また骨病変もビタミンD高単位投与、カルシウム補給により好転はみられるが、これを中止すると再び症状が悪化すること(原判決理由第三の五2)、従つて本病患者らは不安につつまれながらくらしていると推認されること。
以上の事実によれば、第一審原告患者らは程度の差はあつても、右の諸事情のもとに長年にわたりイ病に苦しめられたものであつて、そのため第一審原告患者らの蒙つた肉体的精神的苦痛ははかり知れないものがあつたことを推認するにかたくない。
第一審被告代理人らはイ病はカドミウムによつて発生したものではないが、仮りに何らかの形で関与しているとしてもカドミウムによる腎障害は極く軽微で、他の要因がない限り骨病変に発展しないから、慰藉に値しない旨主張するが、その主張の理由のないことは、既に説示したところで明らかというべく、再説の要をみないのであるが、他の因子たる妊娠、出産、授乳、栄養摂取不足、内分泌の変調、老化等は第一審原告患者らの帰責事由と解されず、本件損害の責任および範囲を定めるにつき斟酌事由となし得ないこと前記のとおりである。
更に、第一審被告代理人らは患者の疼痛のすべてが骨軟化症によるものでないと主張する。第一審被告代理人ら主張のようにイ病の疑いの全くない対照群に五六%の高率で痛みを訴えた老人性疾患者がいたからといつて、本件イ病患者らの疼痛をイ病以外の原因によるものとは認められず、第一審原告患者らの疼痛はイ病特有の疼痛であること弁論の全趣旨よりみて明らかであつて、他の疾病まで無差別に損害賠償の対象とするものでないこと多言を要しない。
なお、第一審原告患者らの腎および骨障害がビタミンDの大量投与によるものでないことは、前記認定のとおりであつて、この点に関する第一審被告代理人らの主張もまた理由なきものというべきである。
二、賠償額の一律請求について
第一審原告ら代理人らは第一審原告患者らの逸失利益を含めた慰藉料を一律請求する旨主張し、第一審被告代理人らは一律請求は違法である旨反論する。
およそ、不法行為による損害賠償に関しては、通常被害者の財産上の損害と、精神上の損害を区別して賠償請求がなされるのであるが、財産上の損害については立証の困難や審理期間の長期化等により被害者の救済のおくれるのを防止するため、これを慰藉料算定の斟酌事由として慰藉料の額に含ませて請求することは許さるべきであつて、この意味における一律請求は違法と称し得ないこと明らかである。
しかしながら多数の被害者につき被害者側の個別事情を考慮することなく一率に損害額を算定請求するという一律請求というのであれば、そもそも私法上の請求については当事者毎に個別に具体的事情に応じて損害額が算定さるべきであるというのが法の要請であると解せられるから、このような一律請求は許されないものといわねばならない。そこで次に、第一審原告患者らの個別的事情について考察することとする。
三、第一審原告患者らの損害について
第一審原告患者らが本件イ病に罹患し発病するに至つた経過、病状、或いはイ病患者としての認定を受けるに至つた経緯については、原判決挙示の各証拠により、各患者別の事情として原判決認定のとおり肯認され、原審口頭弁論終結後の病状その他の事情、相続関係および第一審被告代理人らの反論に対し次のとおり附加するほか、原判決理由摘示のとおりであるから、原判決二一七枚目表一一行目より二三六枚目裏一七行目までをここに引用する。
1第一審原告小松みよ
第一審原告本人小松みよの当審における尋問の結果によれば、同人は週二回位荻野病院に通院するほか、自宅療養をしているが、身長は更に短かくなり、起居動作は不自由の状態がつづいており、依然として主婦としての務めは果し得ず、一人息子の一郎(二六才)に嫁をむかえようと思つても、イ病患者の家庭ということでくる人がないことを悲しみ、第一審被告会社の本件控訴に対しては憤懣の念やみがたきものがあることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告小松みよは生来虚弱であつて、偏食が強く、脂肪を摂取しなかつたから、ビタミンD欠乏状態が自らの手で作出されたものである旨主張する。
しかしながら、第一審原告小松みよが生来虚弱であつたと認むべき証拠はなく<証拠>によれば、同人の偏食の点は否定し得ないけれども、ビタミンD欠乏のために本件イ病に罹患したとは認めがたいこと前記説示のとおりであつて、第一審被告代理人らの右主張は採用できない。
なお、第一審被告代理人らは第一審原告小松みよは河野病院退院時に完治した旨主張するが、同人がその後も疼痛に悩まされ、荻野病院に通院していることは前記のとおりであるのみならず、<証拠>によれば、河野臨床医学研究所の主治医(松永節雄)は地元医師宛に紹介状までかいて退院後の治療の必要を指示していることが認められるのであつて、
第一審被告代理人らの主張は失当である。
2第一審原告宮口コト
当審証人宮口精二の証言によれば、第一審原告宮口コトは、富山県立中央病院を退院後自宅療養し、月に四回同病院にハイヤーで通院しているが、起居動作は不自由で足腰に痛みを訴え、最近は殊に身体が衰弱してきていること、第一審被告会社の本件控訴に対しては悲嘆にくれていることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告宮口コトは歩行困難の事実なく、イ病の疑はほとんどなく、むしろビタミンD過剰の合併によるものであつて、昭和三一年一一月に治癒している旨主張する。
しかしながら、同人が昭和二七、八年頃より疼痛を覚え、歩行はもちろん用便、結髪等にも事欠く有様になり、その後入院、退院をくりかえしているものであることは前記認定(原判決引用)のとおりである。尤も、前記のとおり治療のため、ビタミンDが大量かつ長期にわたつて投与された事実は認められるが、ビタミンD過剰症であつたと認められないこと前記説示のとおりであつて、前示宮口証人の証言によるも、本件イ病が完治していたものとは到底認められないから、第一審被告代理人らの主張は採用できない。<証拠>によつて認められる婦中町老人クラブ主催のバス旅行に同行したことのみをもつて前記認定事実をくつがえし得ないこというまでもない。
3第一審原告大上ヨシ
第一審原告本人大上ヨシの当審における尋問の結果によれば、同人は病状悪化のため昭和四五年一一月一一日富山県立中央病院に入院したが、起居動作は全く不自由で歩行不能の状況にあること、第一審被告会社の本件控訴に対しては憤懣の念にかられていることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告大上ヨシは河野病院入院当時は起居歩行にさして困難もなく、富山県立中央病院への入院も本人の希望によつたにすぎないし、昭和三一年河野病院退院時に全治し、その後はビタミンD過剰症による症状にすぎない旨主張する。
しかしながら、同人は河野病院退院後も富山県立中央病院や宮川診療所、山本病院で治療を受け、湯治等にも出かけたが回復せず、富山県立中央病院に通院治療中であつたことは前記認定(原判決引用)のとおりであり、その後病状悪化のため前記のように同病院に入院のやむなきに至つたものと認められるのであつて、本人の希望によつたにすぎないとの第一審被告代理人らの主張は失当である。
なお、ビタミンDの大量かつ長期投与をうけた事実は前記のとおり否定し得ないけれども、同人の病状がビタミンD過剰症であつたと認められないことは前記認定のとおりである。
成程<証拠>には、患者の一人(OG)が偏食強く食事を半強制的に摂取させたため、いろいろの摩擦があつた旨の記載があり、OGは、氏の頭文字をとつたとみて第一審原告大上ヨシをさすと推認できるけれども、右事情から直ちに同人が栄養摂取欠乏ないし不均衡があつたと断定し得ないのみならず、前記認定(原判決引用)のイ病発病に至る経緯よりみて、同人の疾患が栄養摂取欠乏ないし不均衡のみによる旨の第一審被告代理人らの主張は理由なきものといわねばならない。
4第一審原告清水あや
第一審原告本人清水あやの当審における尋問の結果によれば、同人は自宅療養中であるが、週二回位荻野医師の往診を受けているものの、腰の痛みを訴え、起居不自由の状況にあること、第一審被告会社に対しては憤りをいだいていることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告清水あやはイ病容疑者にすぎず、荻野病院退院後の経過は良好であると主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、同人がイ病患者としての認定を受けていること明らかである。なお、第一審被告代理人らが主張するように、<証拠>No.109が第一審原告清水あやの検査結果であるとしても、同人は昭和三七年より同四〇年までの間ひきつづき合同研究班の健康診断を受診しており、その結果は右<証拠>によれば、疼痛甚しく()歩行困難にして(+)歯牙脱落(+)体格痩小(+)背椎の後彎はきわめてひどく()、X線所見では変型()、魚椎形成()内反股と記録され、尿所見では毎年蛋白、糖、アミノ酸尿を排出し、P/Ca1.3をしめし、血清無機燐はやや低値(同三八年三・二、同三九年二・七、同四〇年二・四―<証拠>によれば、血清無機燐の正常値は2.7〜4.4とされている。)、アルカリフォスファターゼも同三八年三・四、同三九年三・四、同四〇年三・六をしめし、正常値<証拠>によれば0.8〜2.3平均1.6と記載されている。)よりやや高く、X線所見は同三七ないし四〇年にかけて全く変化がなかつたと認められる。そして、右<証拠>によれば、本病の診断につき検診成績は主としてX線検査により骨改変層のみられるものをIとしたことが認められ、そのためその他の所見が明らかにイ病特有のものであつても「容疑者」として処理し、運用上患者と同一に扱われてきたことが窺われるのである。従つて第一審原告清水あやがイ病患者であることは否定し得ないところというべく、第一審被告代理人らの主張は採用できない。
なお、第一審原告清水あやが前記認定のごとくなお痛みを訴え、起居不自由の状況にあることよりみて、退院後の経過良好であるとの第一審被告代理人らの主張は失当というべきである。
5第一審原告数見かずえ
第一審原告本人数見かずえの当審における尋問の結果によれば、同人は自宅療養をしながら荻野病院に通院中のものであるが、依然として腰、手足、胸の疼痛を訴え、起居が不自由であること、第一審被告会社の本件控訴に対しては残酷だと思つていることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告数見かずえのイ病認定に疑問があるのみならず、同人はもともと骨疾患も軽度で現在は完治している旨主張する。
しかしながら、同人がイ病患者の認定を受けたことは<証拠>により明らかであるのみならず、現在に至るもなお疼痛を訴えていることは前記認定のとおりであつて骨疾患が軽度であるとか、現在完治しているとの第一審被告代理人らの主張は採用できない。
なお<証拠>によつて認められる婦中町老人クラブの旅行に参加したことをもつてしては、前記認定を左右しがたいこというまでもない。
6第一審原告泉きよの当審における尋問の結果によれば、同人は現在もなお荻野病院に入院中であり、起居動作が不自由であること、第一審被告会社の控訴に対しては、なさけない気持をいだいていることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告泉きよの病状は非常に軽度のものであり、荻野病院入院の結果治癒し、現在はビタミンD過剰症にかかつているにすぎない旨主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、同人がイ病患者の認定を受けたことは明らかであり、前記認定事実(原判決引用)によれば、同人の病状が軽度のものであつたとは解せられない。のみならず同人の原審における尋問の結果によつて認め得る退院後週に二回通院していたが再入院せざるを得なくなつたこと、前記認定のように現在なお入院中であることを勘案すれば、退院時に治癒したとは認められず、ビタミンD過剰症と解せられないことも前記認定のとおりであるから、第一審被告代理人らの主張は採用の限りでない。
7第一審原告谷井ナホエ
第一審原告本人谷井ナホエの当審における尋問の結果によれば、同人は荻野病院に入院していたが、家族に炊事をする人がいないため退院し、自宅療養をしているものの、相変らず腰から背にかけての疼痛を訴え、第一審被告会社の本件控訴に対しては、なんというひどいことだと思つていることが認められる。
第一審被告代理人らは、第一審原告谷井ナホエのイ病認定は誤診であり、神経痛ないし関節ロイマチスであつたと考えられ、しかも疾患も完治している旨主張する。
しかしながら、<証拠>によれば同人はイ病患者の認定を受けていること明らかである。のみならず<証拠>によるも、同人が昭和三九ないし同四〇年当時アヒル様の歩行をしていたことが認められ、なお疼痛に苦んでいること前記認定のとおりであるからには、同人はイ病患者であること明らかというべく、神経痛または関節ロイマチスであるとか完治している旨の第一審被告代理人らの主張は失当というべきである。
8亡江添チヨ
<証拠>によれば、江添チヨは富山県立中央病院に入院中しきりに疼痛を訴えていたが動けない状況になり病状が悪化して遂に昭和四六年二月六日死亡するに至つたことが認められる。
第一審被告代理人らは、同人はカドミウムによる腎性骨軟化症でなく、仮にそうであるとしてもビタミンD長期大量投与により増悪しているから、損害額の算定については第一審被告会社に全額負担の義務はないのみならず、同人は治療費を一切払つていないからこの点も斟酌さるべきであると主張する。
しかしながら、<証拠>によれば、同人がイ病患者の認定を受けていることが認められ、ビタミンD欠乏症でないことは前記認定(原判決引用)の病歴よりみて明らかというべきである。ビタミンDの長期大量投与によつて増悪したとの第一審被告代理人らの主張の理由のないことも前記のとおりであつて、損害額の全額負担義務がない旨の第一審被告代理人らの主張は理由がない。
なお、<証拠>によれば、江添チヨの治療費は一切支払つていないことが認められるけれども、右事実を目して第一審被告会社の賠償額を斟酌すべき事情と解せられないこというまでもない。
ところで、亡江添チヨの慰藉料請求権は夫江添栄作において三分の一、子の江添久明、社塚利幸、広瀬桂子において各九分の二の割合で相続したことは当事者間に争がない。
9亡宮田コト
第一審被告代理人らは、亡宮田コトがイ病であつたことは甚だ疑問であると主張する。
しかしながら、前記認定事実(原判決引用)によれば、同人がイ病であつたことを肯認するに十分である。尤も<証拠>には、第一審原告青山源吾の手記として「母は二一才の若さで発病以来廃人となり」との記載が認められるけれども、<証拠>によれば、右は平迫省吾のルポ中の記載であつて、必ずしも正確なものとは断じ得ないから、右<証拠>をもつて前記認定を左右しがたいこというまでもない。
なお<証拠>によれば、患者分布図中宮田コトの居住地である上轡田にスポットが付されていないことは第一審被告代理人ら指摘のとおりであるが、<証拠>によればイタイイタイ病第一回合同研究会における荻野昇の報告中第二表婦中町患者発生図には上轡田にもスポットが付されていることが認められ、前示乙第三号証の一は荻野昇の作成したものでないことに徴しても、つけおとしと推認するにかたくなく、第一審被告代理人らの主張は失当というべきである。
10亡高木ミ
11亡高木よし
第一審被告代理人らは、亡高木ミ、同高木よしは腎性骨軟化症ではなく、両名の蒙つた苦痛を慰藉する必要はない、万一仮になんらかの責任があつたとしても、両名の蒙つた苦痛は他の疾病もしくは、他の疾病との合併症、その他通常の老人性疾患等に原因があるので、賠償額はこれらの点が斟酌さるべきである旨主張する。
しかしながら、前記各認定事実(原判決引用)によれば、右両名がイ病患者であつたことはその病歴よりみて明らかというべく、他の疾病もしくは他の疾病との合併症或いは老人性疾患等であると認むべき証拠はないから、これを前提とする第一審被告代理人らの右主張は採用できない。
ところで、亡高木ミの相続人たる夫高木常太郎は昭和四六年三月八日死亡し、その余の相続人たる子、第一審原告高木長信ほか七名において右常太郎の相続分を更に承継したことは当事者間に争がないから、第一審原告高木長信ほか七名の相続分は各八分の一宛となる。
12亡赤池志な
第一審被告代理人らは、亡赤池志なのイ病認定は否定さるべきである、同人が骨軟化症であつてもそれは栄養の不均衡栄養素の不同化によるものであつて、ロイマチス性疾患であつたとするのが妥当であると主張する。
しかしながら、前記認定(原判決引用)によれば、その病歴よりみて同人がイ病患者であることは明らかというべく、第一審被告代理人ら主張の栄養の不均衡、栄養素の不同化のみによつてはこのような病状をしめすとは解せられないこと前記認定のとおりであり、ロイマチス疾患であつたとするのが妥当であるとの第一審被告代理人らの主張は理由なきものというべきである。
13亡箕田キクエ
第一審被告代理人らは、亡箕田キクエのイ病はビタミンD療法によつて一度治癒したにもかかわらず、ビタミンD療法を継続したためこれの影響を受けたものであり、第一審被告会社がビタミンD過剰症の損害まで慰藉する必要はない旨主張する。
<証拠>によれば、同人がイ病患者としての認定を受けていること明らかであるのみならず、同人がビタミンD療法によつて一度治癒したと認むべき証拠はない。すなわち、<証拠>のNo.82が第一審原告箕田キクエの検査結果であるとしても、<証拠>によれば昭和三七年のX線の写真部位は上腕骨であるのに対し、同三九年、四〇年のX線写真部位は骨盤部であつてその部位が異つていること明らかであり、同三七年のX線所見上イ病の疑がほとんどないとしても、それのみで骨疾患が治癒しているとは断定しがたい。<証拠>によつても、同人のX線所見は改変層(+)とされ、その経過は不変とされているのみならず、<証拠>によれば、大腿骨四七例、骨盤骨三六例に対し、上腕骨は二例にすぎないことが認められ、<証拠>によるも、大腿骨は重症六例、中等症五例、軽症一六例、骨盤骨は重症六例、中等症四例、軽症一四例に対し、上腕骨は重症〇、中等症二例、軽症〇と報告されていることが認められるのであつて、前記のとおり同三八年以降X線撮影部位が骨盤骨に変更されたことを勘案すれば、同三七年の所見のみによつて治癒しているというを得ないこというまでもない。
なお、ビタミンD大量かつ長期間の投与によつてはビタミンD過剰症になつたと解せられないこと前記認定のとおりであるから、第一審被告代理人らの主張は採用の限りでない。
14亡氷見つる
第一審被告代理人らは、亡氷見つるのイ病認定は疑わしく、ビタミンD大量長期投与によつて胃腸障害その他が増悪されたものと考えられる旨主張する。
しかしながら、前示甲第一五七号証によれば、同人がイ病患者としての認定を受けたこと明らかであり、ビタミンD大量長期間投与によつてビタミンD過剰症となつたと解せられないこと前記認定のとおりである。なお当審証人氷見冨美の証言により認め得る昭和四四年七月に郵便局の招待による新町保養センターに日帰り旅行をしたことをもつては、前記認定を左右しがたいこというまでもない。
以上考察のとおり、第一審原告患者らはいずれも農家の主婦として働き盛りの時代を起居不自由のため農作業(なお亡氷見つるについては家業の雑貨兼豆腐販売業)に従事し得ないばかりか、病床に呻吟し、そのため家族の世話はもとより炊事、洗濯等の日常の家事さえ満足にできない状況にあつて、前記のごときはかりしれない肉体的精神的苦痛のほか、農業経営(亡氷見つるにあつては前記雑貨兼豆腐販売業)に寄与することにより得べかりし利益を喪失したこと明らかというべく、前記のごとき第一審原告患者らの病状、死亡患者の死に至つた経過よりみて、肉体的精神的苦痛について各患者毎に苦痛の程度に差別をつけることは困難であるのみならず、前記認定のごとき第一審原告患者らの家庭状況や、田の所有反別等の財産状況においても、それほど大差のないものと認められることよりみて、第一審原告患者らの逸失利益にも差はないものと解するのが相当である。
四河川は古来交通灌漑はもちろん飲料その他生活に欠くことのできない自然の恵みの一つとされてきたことは原判決説示のとおりであり、これを飲用し生活用水に使用した第一審原告患者らになんら責のないことも明らかというべきである。
しかるに、第一審被告会社は神岡鉱業所より生ずる廃水および廃滓より浸出する廃水等を神通川の上流高原川に放流し、第一審原告患者らに前記のごとき損害を蒙らせたものである。原審における検証の結果(昭和四三年一一月一五、一六日施行分)によつて認め得るように、第一審被告会社は神岡鉱業所カドミウム工場(六郎工場)内の溶解槽附近に「マスク着用」の掲示をかかげていることよりみても、第一審被告会社においてカドミウムを安全無害視していないことは明らかであるのみならず、前段説示のとおり和佐保堆積場および増谷第二堆積場の開設後は高度な技術的設備をもつて神岡鉱業所の鉱滓の堆積と廃水の処理にあたつてきているのである。
しかるに、弁論の全趣旨によれば、第一審被告会社は神岡鉱業所の過去のカドミウム放流行為によつて生じた本件イ病発生による被害については全く目を覆い、被害者らの損害賠償請求に応じないばかりか、原判決に対し控訴に及び抗争の態度を改めようとしていないのであつて、このことは第一審原告らに悲痛の念を起させていることは否定できないところである。
五以上認定の諸事実に、本件証拠にあらわれた諸般の事情を綜合して判断すると、第一審原告ら代理人ら主張の第一審原告患者らの蒙つた肉体的精神的苦痛に対し逸失利益を含めた意味での慰藉料として死亡患者について各金一、〇〇〇万円、その他の患者について各金八〇〇万円の請求は相当として認容すべきものと考える。従つて
(1) 第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、同清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエは各金八〇〇万円の賠償請求権を有することとなる。
(2) 第一審原告江添チヨ承継人江添栄作は亡江添チヨの相続人として同人の賠償請求権金一、〇〇〇万円の三分の一に相当する金三三三万三、三三三円、同江添久明、同大塚利幸、同広瀬桂子はいずれも同じく九分の二にあたる金二二二万二、二二二円の賠償請求権を取得し
(3) 第一審原告青山源吾は亡宮田コトの相続人として同人の金一、〇〇〇万円の賠償請求権を取得し
(4) 第一審原告兼第一審原告高木常太郎承継人高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえは亡高木ミの相続人として同人の賠償請求権金一、〇〇〇万円の八分の一(亡高木常太郎の相続分の承継分も含む)に相当する各金一二五万円の賠償請求権を取得し
(5) 第一審原告高木良信は亡高木よしの相続人として同人の賠償請求権金一、〇〇〇万円の四分の三に相当する金七五〇万円の賠償請求権を相続および前記(原判決引用)債権譲受により取得し
(6) 第一審原告赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎は亡赤池志なの相続人として同人の賠償請求権金一、〇〇〇万円の四分の一に相当する各金二五〇万円の賠償請求権を相続および前記(原判決引用)債権譲受により取得し
(7) 第一審原告箕田作治は亡箕田キクエの相続人として同人の賠償請求権金一、〇〇〇万円の三分の一に相当する金三三三万三、三三三円、第一審原告茗原照子、同小塚澄子、同箕田昭夫はいずれも同じく九分の二に相当する各金二二二万二、二二二円の賠償請求権を取得し
(8) 第一審原告大窪みつえ、同田村きみ子はいずれも亡氷見つるの相続人として同人の賠償請求権金一、〇〇〇万円の三分の一に相当する各金三三三万三、三三三円、同氷見節子、同氷見忠一はいずれも同じく六分の一に相当する各金一六六万六、六六六円の賠償請求権を取得した。
そして、右各賠償請求権に対しては第一審被告会社の支払義務は不法行為時より生ずると解されることよりみて、第一審原告ら代理人らの本訴提起前の死亡患者については死亡の日、その他の第一審原告患者らについては訴提起の日を起算日とする遅延損害金の請求は認容さるべきである。
六第一審原告らが本件訴訟を提起する際および本件控訴ならびに附帯控訴申立ならびに第一審被告の控訴に応訴するため弁護士正力喜之助外イタイイタイ病訴訟原告弁護団所属の各弁護士に訴訟委任をなしたことは本件記録により明らかである。法律知識にうとい第一審原告らが本件のごとき複雑困難な訴訟を提起するにあたり弁護士に委任することは必要欠くべからざるものといい得るから、右訴訟委任による手数料および報酬を支払うことによる損害中相当額については、本件の鉱業法一〇九条にもとづく不法行為と相当因果関係にあるものというべきである。
そして<証拠>によれば、第一審原告らの代理人たるイタイイタイ病対策協議会会長小松義久がイタイイタイ病訴訟原告弁護団団長正力喜之助に対し請求額の二割に相当する金額につき当審口頭弁論終結の日を支払期日とする債務を負担したことが認められる。
右事実と本件訴訟の複雑困難な点、第一審および当審における第一審原告ら代理人らの訴訟活動ならびに審理に要した期間等諸般の事情を勘案すると、第一審原告ら代理人らの弁護士費用については、請求認容額の二割をもつて相当というべく、第一審原告らの右請求は、右金額およびこれに対する本件不法行為後であることの明らかな昭和四七年四月二四日(当審弁論終結の日)以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきである。
第七結語
以上の理由により、第一審被告会社は
(1) 第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、同清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエに対し、慰藉料各金八〇〇万円、弁護士費用各金一六〇万円、計各金九六〇万円および内金八〇〇万円に対する本件不法行為の後である昭和四三年三月九日(本訴提起の日)以降、内金一六〇万円に対する前記同四七年四月二四日以降各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(2) 第一審原告亡江添チヨ承継人江添栄作に対し、慰藉料金三三三万三、三三三円、弁護士費用金六六万六、六六六円計金三九九万九、九九九円および内金三三三万三、三三三円に対する本件不法行為の後である昭和四三年三月九日(前同)以降、内金六六万六、六六六円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、同江添久明、同大塚利幸、同広瀬桂子に対し、慰藉料各金二二二万二、二二二円、弁護士費用各金四四万四、四四四円計各金二六六万六、六六六円および各内金二二二万二、二二二円に対する本件不法行為の後である同四三年三月九日(前同)以降、各内金四四万四、四四四円に対する前記同四七年四月二四日以降各完済に至るまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(3) 第一審原告青山源吾に対し、慰藉料金一、〇〇〇万円、弁護士費用金二〇〇万円計金一、二〇〇万円および内金一、〇〇〇万円に対する本件不法行為の後である昭和二八年一月三日(宮口コト死亡の日)以降、内金二〇〇万円に対する前記同四七年四月二四日以降各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(4) 第一審原告兼第一審原告亡高木常太郎承継人高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえに対し、慰藉料各金一二五万円、弁護士費用各金二五万円、計各金一五〇万円、および各内金一二五万円に対する本件不法行為の後である昭和三〇年一〇月一三日(高木ミ死亡の日)以降、各内金二五万円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(5) 第一審原告高木良信に対し、慰藉料金七五〇万円、弁護士費用金一五〇万円計金九〇〇万円および内金七五〇万円に対する本件不法行為の後である昭和三〇年一二月八日(高木よし死亡の日)以降、内金一五〇万円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(6) 第一審原告赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎に対し、慰藉料各金二五〇万円、弁護士費用各金五〇万円計各金三〇〇万円および各内金二五〇万円に対する不法行為の後である昭和三一年三月九日(赤池志な死亡の日)以降、各内金五〇万円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(7) 第一審原告箕田作治に対し、慰藉料金三三三万三、三三三円、弁護士費用金六六万六、六六六円計金三九九万九、九九九円および内金三三三万三、三三三円に対する本件不法行為の後である昭和四三年二月七日(箕田キクエ死亡の日)以降、内金六六万六、六六六円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、同箕原照子、同小塚澄子、同箕田昭夫に対し、慰藉料各金二二二万二、二二二円、弁護士費用各金四四万四、四四四円、計各金二六六万六、六六六円および各内金二二二万二、二二二円に対する本件不法行為の後である同四三年二月七日(前同)以降、各内金四四万四、四四四円に対する前記同四七年四月二四日以降各完済に至るまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(8) 第一審原告大窪みつえ、同田町きみ子に対し、慰藉料各金三三三万三、三三三円、弁護士費用各金六六万六、六六六円、計各金三九九万九、九九九円および各内金三三三万三、三三三円に対する本件不法行為の後である昭和四三年三月九日(本訴提起の日)以降、各内金六六万六、六六六円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、同氷見節子、同氷見忠一に対し、慰藉料各金一六六万六、六六六円、弁護士費用各金三三万三、三三三円、計各金一九九万九、九九九円および各内金一六六万六、六六六円に対する本件不法行為の後である同四三年三月九日(前同)以降、各内金三三万三、三三三円に対する前記同四七年四月二四日以降、各完済に至るまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金
の支払義務あるものといわねばならない。
よつて、第一審原告高木良信をのぞく第一審原告らの本訴請求はすべて認容すべきであるが、第一審原告高木良信の本訴請求は前記の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
なお、第一審原告ら代理人らの仮執行宣言の申立は第一審原告ら勝訴の部分に限り正当として付することとするが、これに対し、第一審被告代理人らは仮執行免脱の宣言を求めるけれども、本件事案の内容、第一審被告会社の財力等をも勘案すれば、仮執行免脱宣言を付することは相当でないというべく、右仮執行免脱宣言の申立は却下することとする。
以上の次第で、第一審被告の本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条に従い、これを棄却することとし、第一審原告青山源吾、第一審原告兼第一審原告亡高木常太郎承継人高木長信、同高木信治、同高木三治、同高木永良、同斉藤あや、同岡崎ゆきえ、同青山俊男、同松本みつえ、第一審原告高木良信、同赤池源三、同赤池かずえ、同大坪接枝、同赤池慎の各控訴、第一審原告小松みよ、同宮口コト、同大上ヨシ、同清水あや、同数見かずえ、同泉きよ、同谷井ナホエ、第一審原告亡江添チヨ承継人江添栄作、同江添久明、同大塚利幸、同広瀬桂子、第一審原告箕田作治、同茗原照子、同小塚澄子、同箕田昭夫、大窪みつえ、同田町きみ子、同氷見節子、同氷見忠一の各附帯控訴にもとづき原判決を変更することとし、民事訴訟法三八五条、九六条、九二条、八九条、一九六条一項に従い、主文のとおり判決する。
(中島誠二 黒木美朝 山下薫)
当事者目録
第一審原告(被控訴人兼附帯控訴人)
小松みよ
外三二名
右第一審原告ら訴訟代理人
正力喜之助
外三三八名
第一審被告(控訴人・附帯被控訴人兼被控訴人)
三井金属鉱業株式会社
右代表者 尾本信平
右被告訴訟代理人 田中治彦
外七名
請求目録第一(控訴の分)
番号
続柄
控訴人
(死亡者死亡年月日)
持分
第一審判決
認容額
当審第一次
拡張後の請求額
当審第二次
拡張請求額
合計請求額
一
(宮田コト
昭和二八年一月三日)
子
青山源吾
1/1
四〇〇万円
一、〇〇〇万円
二〇〇万円
一、二〇〇万円
二
(高木ミ
昭和三〇年一〇月一三日)
(夫)
高木常太郎
一三三万三、三三三円
三三銭
子
高木長信
1/8
三三万三、三三三円
三三銭
一二五万円
二五万円
一五〇万円
子
高木信治
1/8
〃
〃
〃
〃
子
高木三治
1/8
〃
〃
〃
〃
子
高木永良
1/8
〃
〃
〃
〃
子
斉藤あや
1/8
〃
〃
〃
〃
子
岡崎ゆきえ
1/8
〃
〃
〃
〃
子
青山俊男
1/8
〃
〃
〃
〃
子
松本みつえ
1/8
〃
〃
〃
〃
合計
一、〇〇〇万円
二〇〇万円
一、二〇〇万円
三
(高木よし
昭和三〇年一二月八日)
子
高木良信
1/1
三〇〇万円
一、〇〇〇万円
二〇〇万円
一、二〇〇万円
四
(赤池志な
昭和三一年三月九日)
子
赤池源三
1/4
一〇〇万円
二五〇万円
五〇万円
三〇〇万円
子
赤池かずえ
1/4
〃
〃
〃
〃
子
大坪接枝
1/4
〃
〃
〃
〃
子
赤池慎
1/4
〃
〃
〃
〃
合計
一、〇〇〇万円
二〇〇万円
一、二〇〇万円
請求目録第ニ(附帯控訴の分)
番号
続柄
附帯控訴人
(死亡者)
死亡年月日
相続分
第一審
判決認容額
当審第一次
拡張後の請求額
当審第二次
拡張請求額
合計請求額
一
小松みよ
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
二
宮ロコト
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
三
大上ヨシ
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
四
清水あや
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
五
数見かずえ
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
六
泉きよ
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
七
谷井ナホエ
四〇〇万円
八〇〇万円
一六〇万円
九六〇万円
八
(江添チヨ
昭和四六年二月六日)
(四〇〇万円)
夫
江添栄作
1/3
三三三万三、
三三三円
六六万六、
六六六円
三九九万九、
九九九円
子
江添久明
2/9
二二二万二、
二二二円
四四万四、
四四四円
二六六万六、
六六六円
子
大塚利幸
2/9
〃
〃
〃
子
広瀬桂子
2/9
〃
〃
〃
合計
九九九万九、
九九九円
一九九万九、
九九八円
一、一九九万九、
九九七円
九
(箕田キクエ
昭和四三年二月七日)
夫
箕田作治
1/3
一六六万六、
六六六円
三三三万三、
三三三円
六六万六、
六六六円
三九九万九、
九九九円
子
茗原照子
2/9
一一一万、
一一一円
二二二万二、
二二二円
四四万四、
四四四円
二六六万六、
六六六円
子
小塚澄子
2/9
〃
〃
〃
〃
子
箕田昭夫
2/9
〃
〃
〃
〃
合計
九九九万九、
九九九円
一九九万九、
九九八円
一、一九九万九、
九九七円
一〇
(氷見つる
昭和四四年一〇月一七日)
子
大窪みつゑ
1/3
一六六万六、
六六六円
三三三万三、
三三三円
六六万六、
六六六円
三九九万九、
九九九円
子
田村きみ子
1/3
〃
〃
〃
〃
信忠の子
氷見節子
6/1
八三万三、
三三三円
一六六万六、
六六六円
三三万三、
三三三円
一九九万九、
九九九円
同
氷見忠一
6/1
〃
〃
〃
〃
合計
九九九万九、
九九八円
一九九万九、
九九八円
一、一九九万九、
九九六円